期間の長い物語を一作一作じっくり書いていきたい

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 さて、カメラのほかにもう一つ、観劇が趣味だとか。歌舞伎といえば南町奉行所の同心・玉島千蔭が活躍する「猿若町捕物帳」シリーズに、江戸歌舞伎の役者たちが登場します。かなりお好きなようですね。

 「歌舞伎は18歳の頃に見てからずっと好きですね」

 上方歌舞伎でいうと、昨年のテレビドラマ「半沢直樹」で大ブレークした片岡愛之助さんが今年も大人気ですね。

 「私が21歳で愛之助さんが18歳の時から知っていました。勉強会の時に見ていて、若いのに上手だなあと思いました。それ以来応援しています。今年正月の浅草公会堂での公演も大阪から見に行きました。それにもちろん、宝塚歌劇も大好きです。大劇場でやっているものは必ず見に行きます。それに小劇団の公演も時々行きます。映画も好きですけど、芝居や舞台などリアルタイムで繰り広げられるものの方が面白い。ナマの舞台の魅力ですね」

 カメラの話に戻りますが、好きな役者さん、俳優さんの写真はご自分でお撮りにならないのですか。

 「あんまりありませんけど、撮ることもあります。でも、人物写真を撮るにはパワーがいります。自分の心をオープンにしないといけない部分がある。相手のことを好きにならないと撮れません。そこがハードルが高いと思って、なかなかできません」

 最後に、これからどんなものをお書きになりたいか、作家としてどういう方向に進みたいか、お聞かせください。

 「24歳で作家デビューしているので、割合早い方でした。年齢的には中堅といわれる年ごろですけど、この20年間、まあ自転車操業でしたけど、結構これまで多作だったと思います。体質なんでしょうか、私の書くものはちんまりとまとまってしまって、大体話が1〜2カ月程度で終わってしまうものが多かった。だからこれからは、もう少し期間が長い物語を書いて、家族もの、一族もののような時の流れを書いてみたいですね。20年間ずっと書いてきた人間ですが、書くということは自分のテーマを消費していくこと。いつまで書き続けられるかわからないから、数を減らして一作一作じっくりと書いていきたいですね」

〈次回は4月1日(火)五木寛之氏掲載予定〉

 

近藤史恵(こんどう・ふみえ)
 1969年大阪府生まれ。大阪芸術大卒業後93年「凍える島」で第4回鮎川哲也賞を受賞しデビュー。2008年「サクリファイス」で第10回大藪春彦賞を受賞。歌舞伎を題材にした「ねむりねずみ」「桜姫」や、自転車ロードレースを題材にした「サクリファイス」「キアズマ」など著書多数。最新刊は猿若町捕物帳シリーズの「土蛍」。

取材を終えて  毎日新聞学芸部編集委員 網谷隆司郎
 現場はきっと、汗臭いし、男のにおいムンムンの世界だろう。自転車競技の中でも最も過酷といわれるロードレース。しかも「ツール・ド・フランス」のように、3週間も続くグラン・ツールといわれる長期ロードレースは、男の中の男たちによって争われる"格闘技"だ。
 テレビでしか見たことのない私にでも、レーサーたちの鼓動と激しい呼吸が画面から感じられる。「こんなしんどいもの、俺はやりたくない」と突き放しながらも、険しい山道に果敢にアタックする姿を目の前にすると、なぜか、神々しさすら覚えてしまう。
 そんな選手たちの心の中にまで想像の翼を伸ばして、神の領域から人間の聖と俗の姿までを描いたのが、近藤史恵さんの一連のロードレース小説だ。文章のリズムもまるで風を切るように爽やかで、「サクリファイス」「エデン」「サヴァイヴ」「キアズマ」の4冊を、ワクワクしながらもサアーッと読み終えた。
 ここまで精細にサイクリストの心情を描く以上、ご自身もかなりの自転車乗りの経験があるのでは、と考える読者が少なからずいるのも無理もない。そんな疑問をぶつけると、「私が日ごろ乗っているのは、ママチャリよりちょっといい程度の自転車で、ロードバイクは乗りません」と苦笑が返ってきた。
 「では、ロードレースの経験は?」とさらに追い込むと、「私は子どもの頃から運動神経がよくなくて、スポーツが苦手でした。敵意さえ抱いていたくらいです」とあっけらかんと答える。
 人生は面白い。イヤだ、嫌いだと思っていた世界に、いつの間にか魅了されている自分に気づく。食わず嫌いは損をする。「自分の将来、わかったようなもの」と決め込む今の若者には、近藤さんのこんな経験がクスリになるのではないか。ついでにシェークスピアのセリフ「良いは悪い、悪いは良い」になぞらえて言えば、「好きは嫌い、嫌いは好き」という言葉を贈りましょう。愛憎紙一重という人間の心の深淵は、自分でもわからないところがあるものです。
 イタリア人選手、ジルベルト・シモーニが好きになったことがきっかけで、ロードレースの世界にのめり込んでいった近藤さんの例のように、人との出会いがその後の運命を決めることが、ままある。
 ちなみに、シモーニ選手はけんかっ早い子どもっぽい一面を持つ一方、山登りにはめっぽう強く勝負にはストイックなタイプという。類は友を呼ぶのか、「クライマー(山登りタイプ)が大好き」という近藤さんも、ハキハキ答えるストイックな雰囲気をまとう。
 これからも作家生活という長いロードレースを通して、多彩な世界に挑戦しながら、果敢にさまざまな峰にアタックして、大いなる作品山脈を築いてほしい

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