趣味が仕事になる

とにかく漫画が好きでした

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 クール・ジャパンの代表格になったアニメ。「鉄腕アトム」「サザエさん」「巨人の星」「オバケのQ太郎」「名探偵コナン」など、半世紀以上にわたり数多くのアニメ作品の脚本を書いてきた辻真先さん(82)。ミステリー小説、SF小説も山のように執筆している。その創作エネルギーの源は、子どもの頃から読みまくった漫画だったという。

 漫画好きはいつごろからですか。

 「幼稚園に入る前の年から漫画を読んでいました。はじめは『タンクタンクロー』ですよ。その頃、アデノイドの手術をすることになり、親からは『泣かずに終わったら漫画を買ってやる』と言われ、結局、買ってもらいました。洗面器いっぱいの血が出たのを、今でも鮮明に覚えています」

 その後は。

 「名古屋のど真ん中で、オヤジがおでん屋をやっていて、店を一歩出たら、古本屋や新刊書の店があった。立ち読みしていても、親が顔見知りだから、文句は言われない。とにかく漫画が好きでした。そのうち、少年講談もひと通り読んでしまいました。あの頃の講談本には漢字にルビ、振り仮名が振ってあって子どもでも読みやすかった。でも、私は距離という漢字を長い間、『きょり』ではなく、『きより』と読んでいました。ルビで読むだけで、耳で聞いていなかったから正しい発音が分からなかったんですね」

 辻さんは、名古屋生まれの名古屋育ち、なんですか。

 「はい。大学まで名古屋大学です。明治大学にも受かってはいたんですが、『なにが悲しくて東京の大学に行くんだ』という土地柄でしたから」

 名古屋気質については、いろいろ言われていますね。

 「2、3年前、私の本を小学館から出版するとき、大学のミステリー研究会に帯を書いてもらおうという企画が出たんですが、わが母校にはミス研もSF研究会もないんです。受信するだけで発信力がない。といって、文学者が出ていないかというと、江戸川乱歩は名古屋育ちだし、大沢在昌さんも名古屋でしょう。一時期、大沢さんが日本推理作家協会の理事長、高千穂遙さんが日本SF作家クラブの会長、僕が本格ミステリ作家クラブの会長と、名古屋出身者が日本の3大エンタメ小説界のトップを務めていたんですよ。知られていない。でも、ここからみんなよそに出て行ってしまうんですよ。秀吉も家康もそうでしょ」

 確かに、ジャイアンツとタイガースの間に挟まれたドラゴンズといった立ち位置ですね。

 「体育系はまだいいですよ。文系がどうもねえ。お上の意向に逆らわないという風土がある。将軍吉宗に対抗した尾張藩主の徳川宗春を訴え出たのは、地元の名古屋の商人たちでした。お上に逆らえないんです。戦前、愛知は国家権力に弱いと言われましたが、そんな状況は今も変わらないかもしれません。このあいだも、問題があった時に愛知ではアニメ番組の放送をストップさせた。東京はちゃんと放送していましたが」

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