「自分の強みを生かそう」

ショートで4番。ホームランを10本打った年もあります

1/3ページ
 

 「城を噛ませた男」「国を蹴った男」「巨鯨の海」「王になろうとした男」と、歴史小説4作がいずれも直木賞候補に挙げられた人気作家が、「若いころは作家になりたいと思わなかった」と意外な言葉を口にした。大学卒業後、日本IBMの営業マンとして就職、30代はコンサルティング業で活躍、「リーマン・ショックで顧客がいなくなったのがきっかけで、好きな城と歴史を題材に小説を書いてみよう」と40代で作家に転身した伊東潤さん(54)。インタビューの席に「このあと試合があるので」とバットを持ってきた。まずは、そのあたりからうかがった。

 試合と言いますと?

 「日本推理作家協会がソフトボールの試合を多い時で年間15試合くらいやっていて、神宮外苑や青山の球場で1日2試合、時には3試合もやります。相手は主に編集者チームです。去年は野球の試合を将棋連盟ともやりました」

 伊東さんのポジション、打順は?

 「僕はショートで主に4番です。5番か6番の方がいい、とは言っているんですが。体重100キロを超える僕がショートですよ。このあいだ、17回連続守備機会無失策を記録しました。でも最近、あ、捕れると思った打球が捕れない時がある。あれ、不思議ですね。一歩が出ない。反応が悪くなっていますね。サードは逢坂剛さんですが、あの方は打つのも守るのも名人です」

 自分のバットをお持ちということは、相当打撃には自信があるということですね?

 「朝、気分転換に素振りをしています。試合では去年はホームラン6本でしたが、年間10本近く打った年もありました。打率は去年4割台でしたが、7割を超えた年もあります。

 大学のサークルで軟式野球をやっていて、以前はスイッチヒッターでした。僕は右利きですけど、左打ちは、あの屋鋪要選手に憧れて始めました。かつては左の方が強打者でしたが、今はほぼ右打席です」

 さすが、横浜ご出身だけあって、屋鋪選手など昔懐かしい横浜大洋ホエールズの選手の名前が出てきましたね。

 「俊足好打で、当時の大洋にはいないタイプの選手でしたね」

 スポーツといえば、若い時にウインドサーフィン(セーリング)の競技で、ソウルオリンピックの日本代表選考会に出場されたとか。

 「大学を卒業してすぐに、ウインドサーフィンを始めました。女性にモテたいという気持ちがあって。でも、やっているうちに、競技そのものが面白くなってきて、夜遅くまで練習していました。“修験僧"と呼ばれるほどハマりましたが、最高にエキサイティングな日々でした。
五輪予選会には12人出場して、ヨットと同じように6レースずつやるんですが、僕は8位。当時は日本IBMの営業マンをしていましたので、土日すべてを練習に費やせるわけではなかったので、よくやったと思います」

 ウインドサーフィンというスポーツの魅力といったら、どんなところですか。

 「まあ、月並みな表現だと、自分が自然と一体化する快感、とでもいうんでしょうか。実際には、荒海では一瞬も気を抜けませんから、楽しむというより自然に挑む感覚ですね」

戻る
  • JT
  • 日本推理作家協会