これから自分がどういう山の登り方をするか楽しみです

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 その後、2012年「機龍警察自爆条項」で日本SF大賞、13年「機龍警察暗黒市場」で吉川英治文学新人賞、15年「コルトM1851残月」で大藪春彦賞、そして「土漠の花」で第68回日本推理作家協会賞と立て続けの受賞。おめでとうございます。

 「ありがとうございます。とくに“推協賞”は第1回の受賞者が横溝正史さんというもので、その受賞者リストの最後に私の名前が載るのは恐れ多いというか、感激です。伝統ある賞の権威をおとしめないように、これからも精進していかねばと責任の方を強く感じております」

 それにしても、「土漠の花」は今まさに国会で論戦中の自衛隊の海外派遣を題材にしたもの。しかも、アフリカ・ソマリアで現地の部族抗争に巻き込まれた陸上自衛隊の精鋭部隊が、元の救援基地に戻るために生死をかけて戦闘する姿をリアルに描いた作品です。時代の風とシンクロするタイミングが絶妙ですね。

 「よくそう言われますが、書き終えたのは昨年5月下旬で、政府の閣議決定はその後なんですよ。あくまで伝統的かつ正統派冒険小説の復権を狙って執筆したエンターテインメント小説です」

 今回の集団的自衛権・安保法制法案の可否によっては、現実になるかもしれない。

 「読み方はいろいろあると思います。書物は世に出た瞬間から読者のものでもありますから、自由にお読みいただければ」

 なるほど。極限状況の中で自衛隊員が生き残りを懸けて戦う姿を、息継ぐ間がないような展開で描いているのは、さすが冒険小説の骨格がしっかりしていますね。ハラハラドキドキ感が十分でした。

 「主人公たちがA地点からB地点にいかにたどり着くか、その間に山あり谷あり、いろんな難関をいかに切り抜けながら最終地点に到着できるか、をハラハラドキドキさせながら描こうと。自衛隊を選んだのは、日本で日常的に軍事訓練をしているのは自衛隊だけですし、海外に派遣されてもいるからです。自衛隊員かどうか以前に、生きるか死ぬかという場に立たされたら、人間、戦うしかない。それだけのことです」

 さて、冒険家の月村さんにとって、50代からの冒険は何ですか。

 「文は人なり、という言葉がありますね。その人の人間性はおのずと文章に表れるものですが、山登りにも同じことが言えると思います。登り方にその人の人間性が出ると。私自身、これから自分がどういう山の登り方をするか、楽しみです」

 小説でいうと、今後どういう作品を書いていきたいですか。

 「そもそもこの筆名は、時代小説で作家デビューするつもりで作ったものです。当然時代小説も書いていきます。もちろん、エンターテインメントは自分の本道ですし、生涯追求していきますが、折を見て純文学もやりたいと思っています。どんな作品でも内在的な欲求があって書いているのですが、幼少期のことや青年期のことを表現するには、純文学が適切かなと」

 50代の冒険を楽しみにしています。

〈次回は8月3日(月) 長岡弘樹氏掲載予定〉

 

月村了衛(つきむら・りょうえ)
1963年大阪府生まれ。早稲田大卒。予備校講師、脚本家を経て2010年「機龍警察」でデビュー。12年「機龍警察 自爆条項」で第33回日本SF大賞、13年「機龍警察 暗黒市場」で第34回吉川英治文学新人賞、15年「コルトM1851残月」で第17回大藪春彦賞、「土漠の花」で第68回日本推理作家協会賞を受賞。近著に「槐(エンジュ)」など。

取材を終えて  ジャーナリスト 網谷隆司郎
 腹が据わった人間になるには、次の三つのうちどれかを経験するといいという。大失恋、刑務所入り、死一歩手前の大病。経験後は今までの価値観をリセットして、一回り大きな人間に生まれ変わるという贈り物がある。(ちなみに私は一つも経験しておりません)
 高校1年生の時に山登り中、崖から相当な距離を真っ逆さまに転落したのに、大ケガもせずに済んだという月村さん。この経験を神様のおかげと感謝してもいい、ツキがあったとおどけてもいい。だが、月村さんは後に人から聞いた「まだやるべき仕事があるから生かされているんだ」という言葉に意味を見いだした。10代から心に決めていた「作家になる」という夢を現実にしようとするマグマが体内にたまった。腹が据わった。
 もちろん、すぐに実現するような安易な道ではない。20代半ばから40代半ばまでの20年間、脚本家という仕事に全力を傾注したが、「いつかは小説家になる」と思い続けた。マグマは冷え切ってはいなかった。あきらめない気持ちはどこから生まれたのか。
 「やはり登山ですね。くじけない心と根性が付きました」と話す一方、単独行による登山で大自然と孤独に向かい合った多くの時間が、きっと強靭きょうじんな精神力を培ったのだ。静かな物言いを聞いていて、私はそう確信した。
 小さいころから冒険小説に魅せられ、プロの作家になった今は「冒険小説の復権が私に課せられた責任」と、目の前に大きな山を想定する。初めての山は未知の世界。不安も多い。だが、未踏峰に挑む心がないと、新たな発見もない。何もないところから物語を思い描いて、一字一字書き進めていく行為も、未踏峰に挑む冒険と変わらない、と説明する月村さんの言葉を聞いて、アメリカのシリコンバレーの若者たちの姿を想像した。
 何の成功の保証もないところから一歩を踏み出すアドベンチャー精神こそ、ベンチャー企業誕生の必須要素だ。
 この10年で冒険小説が衰退したという話と、安定志向の日本の若者たちの姿が重なって見える。還暦を過ぎた老ジャーナリストの酔眼かもしれない。
 冒険小説衰退の原因として「80年代から熱いものに冷笑的な態度が目立つようになったから」という説明はうなずけるが、「熱い男代表」の松岡修造さんの最近の人気ぶりは、冒険心の再興の兆しなのかどうか。日本社会の低温状態と冒険小説の復活曲線との相関関係をしばらく注意してみてみよう。

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