「なぜ絶壁に挑むのか」

サイクリングから山登りへ

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 一見平和そうな家庭にこそ、事件やミステリーが潜んでいる。ホームドラマ作家の大御所、橋田壽賀子さんの卓見である。どこにでもありそうな中学校の教室を舞台に、普通の男女生徒の心の闇が平明な語り口で明るみに出されると、次第に怖く寒くなっていく小説「告白」でデビューした湊かなえさん。人の心の不思議さへの探求心は、やはり作家のもの。「大学生のころから山登りが好きでした」と“元・山ガール”は告白するが、一方で「人はなぜ危険な絶壁を登りたがるのか、そこが知りたい」と作家の目も光らせる。お住まいの淡路島からバスで神戸までおいでいただき、新神戸駅前のホテルでインタビュー。

 趣味といいますと……。

 「今年8月に3泊4日で槍ヶ岳に登山に行きました。山登りが趣味ですね」

 それは昔からですか。

 「始めたのは大学4年のときです。自転車の仲間に、社会人になっても続けられるアウトドアスポーツとして、山登りを新しい趣味にしたいといったら、登山に誘われて行ったのが始まりです」

 自転車といいますと、サイクリングですか。

 「はい。女子大に入ってすぐ神戸大学のサイクリングの同好会に誘われて、始めました。合宿があると聞いて、近くの六甲山あたりかなと思っていたら、香川県の金比羅山に行くと。私は広島県の因島出身で高校まで島で育っていまして、家が柑橘かんきつ農家だったせいもあって、家族旅行はしたことがなかったので、ああ、自分の脚でいろいろなところに行けるんだと、すごく楽しかった。サイクリングにすっかりハマりました」

 サイクリング、ツーリングは長距離を走るので、相当なスタミナが必要でしょうが、それまでに自転車は乗っていたんですか。

 「島の高校へは片道10キロ自転車通学していました。坂があったり、海辺の強い風が当たるところもありましたが、3年間、体力的に困ることはありませんでした。高校の時には剣道部員で、地区大会では優勝しても県大会に出ると、広島市内の学校が強くて、かないませんでしたけど」

 では、大学時代はずっとサイクリングを楽しんだわけですか。

 「4年間、自転車旅行であちこちに行くと、その地元の人たちや同じサイクリングの人と出会って、社会人の方からは昼ご飯をおごってもらったり、農家の人から『うちに来てメロン食べなよ』と誘われたり、楽しかった。大学2年のときの初めての北海道一人旅が忘れられません。実は女の子と2人旅でしたが、舞鶴から小樽まで船で行き、そこから自転車で走り始めたところ、友達がすぐ骨折して帰ってしまった。どうしようかなと不安でしたが、行く先々の人が『大丈夫』と背中を押してくれて、結局、3週間、ユースホステルに泊まりながら、ずっと一人旅となりました」

 広い北海道を一周したんですか。

 「真ん中の富良野から旭川、そこから北上して稚内、利尻・礼文島を走ってから、今度はサロベツ原野から道東へ、知床を回って、根室から最終地点の釧路まで。いやぁ本当に楽しかったですね。行く先々で、オートバイで旅している人やいろんな人と会えたので、むしろ一人旅のほうが楽しいと実感しました。それから一人旅が多くなりました」

 学生時代の夏休み北海道3週間の自転車一人旅。まさに青春グラフィティですね。一番印象深かったのは?

 「礼文島ですね。あそこは“一人旅の聖地”みたいに言われていて、島の中央の馬の背のような山の尾根を歩くと、強い風が当たって夏でも寒いくらいでした。“愛とロマンの8時間コース”も歩きました」

 島の最北端のスコトン岬から南下する約30キロのトレッキングコースですね。旅先で出会った知らない者同士が一緒に歩いているうちに、友情が芽生え愛が生まれロマンに発展する、という“神話“の道ですね。で、愛とロマンはいかがでした?

 「私には芽生えませんでしたけど、ユースホステルに泊まった人たち20人と一緒に歩きました。その中には、芽生えた人もいて、その後結婚した人もいたそうですから、愛が生まれるところには生まれるものだと思いました。青春ですね。それが旅のマジックでしょう」

 そんな自転車旅行を満喫しているうちに、山の魅力に出合ったんですか。

 「大学3年の夏休みに、自転車で信州・上田に行きました。一人旅は結構お金がかかるので、そこのユースホステルでヘルパーのバイトをしながら、周辺の安曇野や清里のほうを回っていました。すると、長野県には山がいろいろあるのに気づき、平地ばかり走っているのはもったいないと思うようになりました。その後、大学4年の7月には就職の内定をもらっていたので、社会人になったら本格登山をしてみたい、では今から練習を兼ねて山登りをしようと、大学の山岳部の友人に尋ねました。初心者の入門編としては景色がよくて難所がない1泊2日のお薦めコースだと、最初は新潟県の妙高山(2454メートル)火打山(2461メートル)縦走コースを登りました。これが楽しかった。体力的にも困らなかった。一度に日本百名山2座も制覇できた。これはいいぞと」

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