小説を書く原動力は「知りたい」から

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 さて、山の話に戻りますが、トンガから帰国したのが1998年ですね。そのころ、登山は?

 「1998年12月に帰国後、99年の夏に(長野県と富山県にまたがる)白馬岳(2932メートル)に登りました。そしてそれから12年のブランクがあって、2010年に登山を再開した時に登ったのが白馬でした」

 その12年の間に、家庭科の先生、結婚、出産、そして作家デビューと人生上の大変化が続いたわけですが、登山再開のきっかけは何でしたか。

 「2008年に『告白』で単行本デビューして、10年にはそれが映画化されまして、取材もあって、とにかく忙しかった。それに小説家になって煮詰まっていたんでしょうね。椅子に座りっぱなしで、家に閉じこもっていましたね。付けていた歩数計が『1日30歩』だった日もありました。まあ、動き出してから7秒たって反応する歩数計でしたけど。でも、そのくらい動かずに閉じこもって書いていたということは、煮詰まっていたんだと思います。そんなとき、夢にまで山が出てきて、山が恋しくて恋しくて、『私は(アルプスの少女)ハイジです!』と叫びたくなるほど。そんなとき、山の話を書くといえば山に行けるんじゃないかと。それで出版社の人と12年ぶりに登山を再開、まず白馬に行ったんです。一度登っているところなら安心だと思って」

 12年のブランクは一挙に取り戻せましたか。

 「それが……本当にしんどかったです。1カ月前から毎晩3キロ、ウオーキングとランニングのトレーニングをしたうえで登ったんですが、これが同じ白馬かと思うくらいしんどかった。やはり家でじっと机に向かっていたら体が固まりますよねぇ。26歳から38歳にもなっていましたし」

 そんなに体力が落ちるものですか。まだ30代後半でしょう。

 「登り始めたら、とにかく脚が重いんです。もちろん、ゆっくりゆっくりと、ちょっと歩いては立ち止まり、で登ったんですが、一歩一歩がこんなに重いとは! そのときの白馬は中高年の方々ばかりの登山客で大渋滞でした。7月でしたから雪渓が危ないので、止まらずに歩き続けないといけない。でも、私はしんどくなって山道の脇に避けて、中高年の方に『先に行ってください!』と何人に言ったことか。通り過ぎるとき、私よりはるか年上の人から『あら、いいの?お先に。まだお若いのにね』と言われて、これは年齢による衰えじゃない、自己管理ができない自分が悪いと反省させられました」

 その後は定期的に山登りをされて、だいぶ調子が戻ってきたんですね。

 「いくつかの出版社の編集者の方々と一緒に登る登山で、あちこち行きました。その体験をもとに、短編小説集『山女日記』を書きました。仕事と重ねないと出ていけなかったところもありましたが、そろそろ一人で登りたいなと最近思い始めていて、このあいだ、ソロ登山の本を買いました。かつて自転車旅行の時も、一人旅を楽しんでいましたから、私は一人が好き。そろそろ新人作家ではなくなってきたので、ガンガン書かなくても読者の方は待ってくれるのではと思い、来年夏にはソロ登山に行こうかなと計画しています。一人登山デビューには混んでいる山のほうがいいというので、すごく混んでいる槍ヶ岳を目指そうかな」

 先輩作家の中にも取材しながら登山するという方もいますね。

 「山道を歩いているとき、『今回はどんな話にしますか』と編集者の方に尋ねられると、仕事をしないといけないな、という気持ちになるし、山頂まで行って『やったあ!』と感動していると、その気持ちをメモや写真に残しておかないと、というように、仕事から切り離されていない登山が続いてきました。そろそろ純粋に山を登りたい、『やったあ!』で終わる登山がしたい、という気持ちが強くなってきたんです。人生を支える土台には三本柱が必要です」

 といいますと?

 「私の場合、それは家庭、仕事、趣味です。趣味が仕事になってしまうと、それは独立した土台ではなくなってしまうのではないか。三本の柱が一本折れても二本あれば支えられる。だから、好きな山登りは仕事と切り離して、純粋な趣味にしておきたい、という気持ちです」

 新たな一歩を踏み出す覚悟ですね。

 「今年からヘルメットをかぶって登山しています。やはり万が一を考えて。滑落した時に助かるかどうかの確率が全然違いますからね。実は、まだやったことのない、クライミング、崖登りを始めてみようかなと思っています」

 え? でも、1本のザイルが命を支える断崖絶壁クライミングは男の世界でしょう。小説「氷壁」や映画「クリフハンガー」など、息をのむシーンがありますよね。2020年の東京オリンピック追加種目候補に残った人工壁をよじ登るスポーツクライミングには、多くの女性クライマーも挑戦していて、確かに時代は変わりつつあるようです。でも、湊さんは、なぜ宙づりの危険もある岩壁に挑むんですか。

 「なぜ小説を書きたいかという原動力となるのが、私の場合、知りたいということなんです。山に登らない人が登る人に対して『なぜ登りたいのか』知りたい。山に登る人が崖を登る人に『なぜ崖を登るのか』知りたい。その状況に自分が身を置いたときに自分はどう考えるか、それを知りたい。崖に登らないと見えてこないものがあり、崖に登ればわかってくるものもあるのではないかと。だから私は崖に登りたいというよりは、なんで崖に登りたくなるのか、それを知りたいんです」

 それがどんな小説になって結実するか楽しみです。

 「山に登る人間を割と牧歌的に描いた入門編のような『山女日記』をすでに出していますが、次は物語を作るために人が死んだり遭難したりする小説でなく、山登りは生死紙一重であり、山に登ると必然的に生と死が表裏一体となる、それによって自分の本質と向き合う、というような山岳小説を書きたい」

〈次回は12月7日(月) 呉勝浩氏掲載予定〉

 

湊かなえ(みなと・かなえ)
1973年広島県生まれ。武庫川女子大卒。青年海外協力隊での海外勤務、高校教師などを経て2007年「聖職者」で第29回小説推理新人賞を受賞しデビュー。09年「告白」で第6回本屋大賞、12年「望郷、海の星」で第65回日本推理作家協会賞を受賞。近著に「絶唱」「リバース」など。

取材を終えて  ジャーナリスト 網谷隆司郎
 インタビューを始めてしばらくした時、なんとなく私の姿勢がシャキッとしているような感じがした。
 「はい!」「はい!」と湊さんの返事、相づちの一つ一つがきりっとしていて、声に針金でも入っているのかと思った。そのせいか、こちらの背筋まで真っすぐに伸びたのかもしれない。
やがて、高校時代に剣道をやっていて、県大会にまで出場したと聞いて、そうか、これは気合のこもった声なんだと納得した。小柄なところから「柔道のやわらちゃん」を連想した。
 胸に秘めるパワー、闘争心は似たものだろうが、湊さんにはさらに自由を求める行動力と探求心があった。大学の4年間自転車で日本各地を一人旅。3000メートル級の山々を縦走。青年海外協力隊員としてトンガ王国に2年間赴任。18歳で大学に入って一気にパワー全開したように見えるが、そのパワーを育んだのは18年間の島暮らしだったのでは、と思えてきた。
 「高校進学の時、島外の“本土”の高校に行きたかったけど、親の許可が出なかった。同じくそれを望んでいた友達も親から許されなかったので、お互い、島から出たいという野望を語り合いました」 子どもたちは生まれ故郷をいつしか出ていく。今の日本の姿である。列島のあちこちで、故郷の人口はどんどん減っていき、“地方”が衰退していく。「地方創生」とネーミングは前向きだが、何をするのか、いまだにスローガンが先行している。「1億総活躍社会」と同じように。
 さて、湊さんの話から思い浮かんだのは、故郷からの出方が意外と大切なのではないかということだ。もっと広い世界に出たいという子どもの思いを一旦否定し抑えつけて、自由への渇仰、欲望の充足を遮断、圧縮する時期があった方がいいのではないか。10代の思春期には、心の奥深くで燃え盛るマグマをため込む時間が必要なのではないか。
 その間に、子ども心に本当にしたいこと、目指す方向、やりたいことの優先順位などを調整する。放埓ほうらつな自由の解放ではなく、抑圧後の自由の選択がそこでなされる。圧力鍋のふたが重たいほど、噴出の際の爆発力は大きい。サクラの開花の前には一定の寒気が必須条件という。
 青春という一気噴火の前のエネルギー蓄積には、親や教師の役割がある。大人のなり方がますます難しくなっている今、湊さんの生い立ちの一部に、参考になる大切なものがあると感じた。
 さて、インタビューの中でお互い最も共感したのは、旅の楽しさだった。初めての自転車一人旅で北海道を一周した際に、「行く先々で知らない人たちと出会い、話し、一緒に食事をし、手紙を交換する……本当に楽しかった。あれ以来、一人旅が好きになりました」と顔をほころばせたのが印象的だった。
 北海道最北の礼文島の、そのまた最北端にスコトン岬がある。北の荒海が目の前に迫るそこの民宿に私は泊まったことがあり、思い出深いところだ。湊さんも自転車で礼文島まで足を延ばして、スコトン岬から島の中央を貫く馬の背のような縦走コースも歩いたというので、ともに光景が浮かんできて、しばし楽しい語らいで盛り上がった。
 その南北縦断するトレッキングコース「愛とロマンの8時間コース」を歩いた若き日の湊さん。そのときは幸か不幸か、「私には愛が芽生えませんでした」と回想、苦笑するが、その何百倍もの出会いを心の栄養にしたことは間違いない。
 現場で感じるものを大切に生きる姿勢は、作家となった40代の今も変わらないようだ。趣味の登山への意欲が高じて、「来年はクライミング、崖登りに挑戦します」と宣言した。生と死が紙一重の断崖絶壁をよじ登る冒険。
 「その現場を体験しないと見えてこないものがあるのではないか。なぜあんな危険なところを登るのか、それが知りたいから」
 やはり、あくまでも人間を探求する作家だった。最後にこの言葉を聞いて、もう一度私の背筋がキッと伸びた。

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