「僕のルーティン」

映画は何作か作りましたが、永久に封印したい

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 屈折したビデオジャーナリストの中年男が、過去の殺人事件の真相を暴こうとする若い女性ディレクターからの仕事依頼を引き受けたものの、その制作意図に疑問を持ち始め、次第にその謎がほどけてくる、というミステリー小説「道徳の時間」で、今年の第61回江戸川乱歩賞を受賞した呉勝浩さん。ご自身、大阪芸術大学で映画作りに汗を流す映像青年だった。だが、自ら監督を務めた卒業制作のコメディー映画を含め、過去の作品は「すべて永久に封印したい」という。そう言われると、余計に聞きたくなるのがインタビュアーの悪い癖で……。

 映画への興味はいつごろからですか。

 「中学生の頃、映画『セブン』を見て、わあ、映画ってかっこいいなと。ミステリーの種明かしに快感を覚えました。僕は小学4年生の頃からミステリー小説を読むのが好きで、物語というかストーリーの面白さにすごく興味を持っていました。でも、大学に入って映画を勉強するようになると、そこからずれていって、当時の人気監督だった黒沢清や北野武のような映像原理主義とでもいうような方向にひかれていきました。今から思うと、あれはカッコつけすぎだったなとは思いますけど。僕自身にはそんな鋭い映像感覚はなかった。やはりフィクション、物語の面白さを描こうというところに戻りました」

 大学4年間で、自主制作を含めていくつかの作品を作ったんですか。

 「はい、何作か作りました。でも、それらは永久に封印したいです」

 といいますと?

 「僕は細部が甘かったんだろうな、と。ちょっと感覚が子どもだった。ここを見せたいという肝心なシーンを撮るために、そこまでつないでいかなくてはならない。そこにひらめきがなかった。撮ったシーンも“まあいいか”という感じで甘かった。自分の中では70点の出来でも、他人が見たら30点でしかない」

 自分が目指す“いい絵”を撮るためには、監督としてカメラマンやスタッフに、自分の意図や狙いを理解させ徹底させないといけませんね。その辺は?

 「核心部分を突いてきますね。監督を断念した一番の理由は、カメラマンやスタッフとのコミュニケーションがうまく取れないというか、自分の頭の中のビジョンを伝えるときのもどかしさがあって、結局できなかった。例えば、『あ、そこ、ワンテンポ遅れて撮って』と思っていても、自分の思い通りに動かすのが難しい。そこまで傲慢になれなかった。これでは監督はできないなと思いました」

 卒業後は、映画の仕事には就かなかったんですね。

 「はじめから就職するつもりもなく、就活もしませんでした。あの頃は、俺は何者かにはなれる、という根拠のない自信があったんでしょうね。でも、今から思うと、逃げていただけだった。僕はすぐに順応してしまうところがあって、もし会社に就職してサラリーマン生活に入ったら、もう抜けられずに、ずっとこのまま行ってしまうだろうなという恐怖もありました。凧(たこ)みたいにフワフワしていたい、という選択をしました」

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