「現実をやっつけろ」

JR全路線制覇を目指しています

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 大阪城を南から真正面に見渡すホテルの一室でインタビュー。もう少し南に下れば、大坂冬の陣で真田幸村が徳川勢に対抗して築いたとりで、真田丸がある位置。そう、今NHKで放送中の大河ドラマ「真田丸」の舞台として、終盤スポットライトが当たるエリアだ。それだけではない。大阪城外堀南の法円坂かいわいは、7世紀飛鳥時代の難波宮があった一帯でもある。ぼんやり歩いていると単なる史跡公園だが、知識が一滴加わるだけでがぜん興味がわいてくる。有栖川有栖さん(56)の持論である「知識が増えると風景の意味が濃くなり味が深くなる」が、心身にほどよくしみた。

 旅行がご趣味だそうで。

 「といっても、今までで一番長い旅行は半月です。学生時代に東北地方を半月回った旅です。それ以上は大阪を離れたことはないんです」

 大阪市のお生まれですが、大学は京都の同志社ですよね。

 「ええ、でも大阪の家からずっと通っていました」

 大阪へのこだわりが強いですね。

 「生まれ故郷ですからね。故郷が嫌いという方もいるでしょうが、私の場合は相性がよかったんでしょう。大阪から動く理由がない。食べ物は最高に口に合うし、人との接し方は心地よいし、古い友達もいる。暮らしていて満足だから」

 今までの人生で何回か引っ越しはしましたか。

 「生まれたのが大阪市東住吉区で、その後、そうですね、大阪市の東側に住み続けて、引っ越しは5回、同じマンション内で部屋を替わったのを入れたら今の家が6軒目ですね。大学卒業後に勤めていた書店チェーンが、本社を大阪から東京に移すというタイミングで退職して専業作家になったのも、こりゃチャンスだという思いがありました」

 大阪市から動かない有栖川さんが、まめに全国を旅するようになったのは、どういういきさつからですか。

 「鉄道の旅が好きなんですが、これは大学4年のころ、何気なく宮脇俊三さんの本『時刻表2万キロ』を読んだのがきっかけです。鉄道旅行にこんな楽しみがあるのか、と目覚めました。もう就職も決まって大学生活も終わりかけのころ。もっと早く知っておけばよかったと後悔しましたね。でも、この本で火がついて、大学最後の夏休みに友達と一緒に北陸に寄り道してから東北を半月フラフラ回りました。卒業後も書店で働きながら、明日から休みという日には会社に旅行かばんを持っていき、閉店と同時に駅まで駆けつけて九州行きの寝台列車に乗るなど、若いときはガツガツと旅行していました」

 鉄道マニア、いわゆる「鉄ちゃん」は全国にかなりたくさんいますよねえ。

 「私は乗るのが道楽ですが、鉄道マニアはいっぱいいます。鉄道とクジラは捨てるところがない、というくらい、乗るだけでなく、写真、模型、駅弁など楽しみ方がいっぱいです。きりがないから私はコレクションはしません。部屋中散らかってしようがない。感動の思い出だけで十分です。でも、何か目標があった方がいいからと、JR全線制覇を目指しています。全国に200近くあるんでしょう、そのうちまだ40近く乗っていないのがあるので全部乗ってみたい」

 これも結構多くのマニアが目標にしているし、達成した人もいるんでしょうね。

 「中には私鉄を含めて制覇した人や、2度や3度全線乗ったというマニアもいるようです。完乗というぐらいだから、末端の一駅だけ乗っていなくてもアウトです。東海道本線では枝分かれした区間に乗っていないので、私はまだ乗りつぶせていない。山陽新幹線は、もちろん博多までは乗っていますが、その先、車庫に入るまでの南博多駅まで行っていないと、制覇したことにならない、など。全路線制覇を目標にしてから、ピッチを上げようと、去年は1年間で八つの線を乗りました。あと5年あれば完全制覇できますね」

 最後の線はどこと決めていますか。

 「景色がきれいな北海道で終わりにしたいなと。北海道の襟裳岬に行きたいので、最後は日高線の終着駅の様似駅でゴールインかな」

 では、5年後、様似駅でお待ちしていましょうか。これだけたくさん乗っていると、切符や写真や資料や記録など“証拠品”を保存しているんじゃないですか。

 「私は残さないし、最近はこだわらないことにしています。記録もあまり克明には残さず、日記に書く程度です。写真も気が向いたら駅舎を入れて撮るぐらい。乗った路線は時刻表の巻頭の路線地図にマーカーで色を付けて、まあ塗り絵感覚ですね。自分だけのひそやかな楽しみで、誰に見せるものでもないから、塗り残しを少しずつ減らしていくだけです」

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