「ひと様に迷惑をかけない」

誰も書かないものを書くのが作家である

1/3ページ
 

 コンビニ店で働きながら昨年、芥川賞を受賞した女性に「コンビニ作家」というネーミングが付けられたが、1980年代には「サラリーマン作家」という肩書が流行した。大手広告会社の博報堂に勤務しながら小説を執筆・発表、「カディスの赤い星」で1987年に直木賞を受賞した作家、逢坂剛さん(73)もその一人だった。31年間の宮仕えにピリオドを打って、1997年に退職して独立、作家活動に専念したが、一つだけ変わらないものがあった。サラリーマン時代から職場だった東京・神田をそのまま執筆活動の基地としたことだ。日本一の古書店街が広がる地域を日々歩き回る。これが多彩な小説を生み出す豊饒ほうじょうの海となったらしい。その神田神保町の一画にある執筆拠点のマンション一室で、餅の香もまだ残る1月松の内にインタビュー。

 百舌、御茶ノ水警察署、イベリア、禿鷹……など、逢坂さんの本には多彩なシリーズものがありますね。

 「作家も長い間やっていると同じものばかり書いていても飽きますからね。誰も書かないものを書くのが作家である、と私は思っています。ひとのまねはしないものの、自分のまねをするというのが、まあシリーズになるということですね」

 主人公が同じですと、次々と書きやすいんでしょうね。

 「私の場合、面白いキャラクターを発見できれば、小説はもう7割は書けたようなものです。キャラが立ち上がってこないとダメ。だからまず、キャラクターを考えて作るのが面白い。そこにエンターテインメントの面白さがある。司馬遼太郎さんの『燃えよ剣』でも、それまで多くの作家が新選組局長の近藤勇を主人公にした小説を書いていたのに対して、新たに副長の土方歳三にスポットを当てて、主人公キャラクターに据えたところがよかった」

 キャラクター設定が一番大事なんだということですね。

 「キャラがすべて、と言ったら語弊があるかもしれないけど、例えば、大岡越前や水戸黄門を見ても、あのキャラがあったからこそ長続きしたのでしょう。『こち亀』だって、両さんというキャラクターがあったから連載が40年も続いたんでしょう。作家としてはキャラが気に入っていると、シリーズをたくさん書けるんです」

 サラリーマンをしながら作家デビューした1980年代に書いていたのは、公安警察ものでしたね。「百舌」など公安事件に絡む男女さまざまなキャラクターでした。確かに、あの当時はあまり見かけないジャンルでしたね。

 「いろいろな売れっ子作家が、警察小説をたくさん書いていますが、ほとんどが刑事警察もの。公安警察ものは当時誰も書いていなかった。主要なキャラが気に入っていたのでずいぶん書きました」

 第1作の「百舌の叫ぶ夜」を書いた時にはすでにシリーズ化を考えていましたか。

 「いや、第1作で“百舌"は死んでしまいました。ところが、本が出た後で、編集者からもう1冊書けと言われて、続編を書きました。その後も、主要キャラの倉木を殺して、これで終わりだと思っていたら、『なんで殺したんだ』と怨嗟の声が聞こえてきて、ではまた続きを……と四つ、五つと書いて、一昨年ドラマや映画になったことで6作目を書き、この5月から7作目をスタートすることになってしまいました。ユニークなキャラクターを作るのは難しいけど、いったん面白いキャラができたら、あとはストーリーは何とかなるんです」

 シャーロック・ホームズを出すまでもなく、多くの人気小説では主人公のキャラクターに魅力がある、それがヒットの要因になっていますね。

 「もっと変わったキャラクターを作ろうとして、そこで禿鷹シリーズが生まれました。これは神宮署の刑事禿富鷹秋を主人公にした、悪徳警官ものです。悪徳警官小説は昔からたくさんあるんですが、大体は悪いやつに奥さんを殺されたとか、罠にはめられて飛ばされたとか、何かやむを得ない理由があって悪徳警官になった、というものがほとんど。そこで私は、根っからの悪党で、読者の感情移入を拒否するキャラクターを作りました。当初は“禿鷹"をみじめに死なせて1作で終わらせるつもりでしたが、なぜか、殺すな!という読者の声が殺到?して、もう一作と。結局、4作目で殺しましたが、面白いからまだ続けてくれという声に押されて、残ったキャラで書いた第5作を出しました。キャラを作った者としては、多少の責任と愛着があるものです」

 警察小説、とくに公安警察の内部を描いた小説となると、相当詳しい事情を調べていないと書けないのでは。いわゆる「ディープ・スロート」というか、内部通報者からの協力があったのではないかと。

 「お知り合いがいるんでしょうねと、よく聞かれます。でも、一切ありませんし、まったくルートはないんです。確かに公安警察については、情報があまりありませんし、一般の人にもわかりにくい組織だと思います。でも、この神田神保町の古本屋さんを毎日見て歩いていると、結構その種の本や秘密資料があるんです」

戻る
  • JT
  • 日本推理作家協会