いろいろな本からオーラが出てくる

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 1980年代といったら、まだ極左集団による爆弾闘争の余韻が日本にも漂っていた時代でしたね。そもそも、逢坂さんが公安警察を取り上げようと思ったのは、どんな理由からですか。

 「管理化された日本社会全体の縮図として警察組織があり、その警察の中でも公安警察が闇の部分の象徴であると感じていたからです。一般の人によく見られる刑事警察が表とすると、公安警察は裏の部分。そこを対立させることで、何かが見えてくるだろうと」

 直木賞を受賞した長編小説「カディスの赤い星」をはじめ、逢坂さんにはスペインを舞台にした作品も多いですね。とくに第1弾「イベリアの雷鳴」から完結編の「さらばスペインの日日」まで、足かけ17年、全7巻に及ぶ長大小説「イベリア・シリーズ」は、400字詰め原稿用紙に換算して8000枚もの力作です。第二次世界大戦中の膨大な資料が駆使されていますが、これもやはり神田の古書店から?

 「はい。特に外交・軍事・戦記物の専門書を扱う文華堂には足しげく通いました。戦争ものを書く場合、ここに来ないで書く人はいないというくらい、有名な古書店です。ここを含めて神田の古本屋さんを毎日歩いていると、いろいろな本からオーラが出てくるというか、何か勘のようなものが働いて、タイトルだけでは一見関係のなさそうな本なのに、目次を見ていると、スペインと関連する内容が書かれていることがよくありました。やはり自分で手に取って本を見ないとわからない。ネットではダメですね」

 そういえば、司馬遼太郎さんが「竜馬がゆく」を書くときに、坂本龍馬に関連する古本・史料を何百冊も“爆買い"したという伝説が残っていますね。

 「神田の高山本店ですね。司馬さんは、関連資料を全部集めて送ってくれと注文して、東大阪市の自宅にトラックでドーンと送られてきたもののうち、これはいる、これはいらないと選び分けたそうです。関西在住だった司馬さんと違って、私には自分の足で毎日、自分の目で古本屋さんの本棚から直接見て取り出せるという“地の利"に恵まれました」

 それにしても膨大な資料を前に、研究者ならそれを論文にすればいいわけですが、作家の場合、それを基にしつつ、さらに魅力的なキャラクターを創りだしたうえに、フィクションとしての面白いストーリーを考え出さねばならない。大変な作業でしょう。

 「私のライフワークと言いますか、第二次大戦中のヨーロッパで、外交官や軍人、ジャーナリストや民間人など幅広い日本人がどう戦っていたのか、あるいは戦わなかったのかというテーマで、ぜひ小説を書いてみたいという気持ちがありました。中立国スペインを舞台に、枢軸国と連合国側とに分かれて、熾烈しれつな諜報戦があって、そこに日本、スペイン、イギリス、ドイツなど各国の男女が入り乱れて戦う、という図式が浮かびました」

 ただ、何年にどこそこで何があったという基本的な史実は動かせませんよね。その制約の中で、どう登場人物を動かして、ハラハラドキドキのストーリーを作るのか。そこが作家の腕のみせどころですか。

 「その通りです。例えば、ヒトラーの暗殺計画や爆弾事件があったという史実は動かせません。そこで、小説の主人公や脇役たちを現場近くで観察したリポーターにして、見たり聞いたりしたことを報告させる、という展開にしました。ただ、すべての歴史的な事件の現場に登場人物を立ち会わせると、うそっぽくなりますから、そのあたりは工夫が必要ですね。それに一番やっちゃいけないと自戒したのは、歴史に登場する著名人の心の中をのぞく、心理描写をする手法です。例えば、ヒトラーが心の中でこうつぶやいた、などと書いたら、小説そのものが薄っぺらになってしまいますからね」

 アニメや漫画ではよく見かけますが。

 「作家は想像力が命ですからね。現実そのもののリアリティーではなく、小説の中のリアリティーをいかに作り上げるか、ですね。基本はフィクションですが、やはりフェアにやらないと。ヒトラー暗殺計画ならば、その場にいた暗殺者の副官の視点で書く、という選択をしました。そうすると、現場にいたような臨場感が出せて、あたかも自分がそこにいるような感じで、スイスイ書ける。現場が目に浮かんで、いま目の前で事件が起きている、さあ大急ぎで書き留めておかないと、という気持ちになります。17年かかりましたけど、書いているときは充実感がありました」

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