「無駄を恐れてはいけない」

できない理由を探さずに、やれる方法を考え出す

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 都心とは思えないような閑静な環境に足を踏み入れた。今回のインタビューの場所は、作家、楡周平さん(59)のご自宅で、緑に包まれたマンション群の一室である。「ここに住んで8年ですが、今まで何回も家を替わりました」と引っ越し談議がしばし続いたあと、ご自身が今秋に還暦を迎えることから、日本の高齢者の「ついの住み家」へと話題が移った。リタイアしてもまだ十分元気な都会の高齢者たちが、財政破綻寸前で過疎化した東北の田舎町に作られた豪華な設備付きのマンション群に住めば、高齢者問題と地方再生とが一挙同時に解決する。そんな斬新なアイデアを小説にした自作の「プラチナタウン」へと話題が進むと、国際ビジネスマンのキャリアを持つ作家らしく、熱のこもった主張が続いた。

 集合住宅内に医療・介護体制がしっかり完備され、おまけにゴルフ、テニス、水泳、釣り、陶芸、絵画、園芸、農園なども楽しめる。しかも緑と水の豊かな田舎の環境。これなら都会暮らしのリタイア組も移って来たくなる、といった理想的な内容の「プラチナタウン」ですが、日本ではなかなか実現が難しいですか。

 「以前、私はアメリカの企業(コダック社)に15年勤務していましたが、私の上司がかなりの割増金の付いた早期退職制度を利用してリタイアしたんです。そのときに彼は『これからが本当のオレの人生の始まりなんだ』と大喜びで、フロリダに移住しました。このように、リタイアは老後の暮らしに目処がついた、幸せなことなんだというのが多くのアメリカ人の考え方なのに対して、日本人の多くは、ああこれでもう人生終わりだと。なぜか都会にしがみついて、だんだん外にも出なくなってひっそりと暮らしている……」

 確かに、図書館に行くと、若者よりもリタイアしたらしき高齢者群がびっしりと机に張り付いている光景が珍しくありません。もっとも、図書館で読書する、そのこと自体は別に悪いことではありませんが。

 「視点を変えれば、アメリカにはリタイアしたシニアが日々をエンジョイできる環境が整っているんです。生活費の高い大都会に住まなくても、生活コストが安く自然に恵まれた土地で暮らせばいいという発想がある。つまり、生まれた場所、育った場所、勉強する場所、働く場所、そしてリタイア後にゆっくり憩う場所……とそれぞれのステージによって住む場所も違うものだという考えです。そういう発想と、ステージに見合った施設が日本にはいまだにないんですね」

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 私も1990年代前半でしたか、カリフォルニアを1週間旅した時に、レッドウッド・リタイアメント・ハウスというカッコいい建物を訪れたことがあり、退職高齢者村のようなものだとの説明を聞いて、へえと感心した記憶があります。

 「日本でも政府が後押しして、いくつかのモデル事業が進んでいますが、残念ながら発想力がものすごく欠けている。全国各地で講演をしたりしましたが、自治体の首長さんが口にするのは(日本人の老後の概念を変える)プラチナタウン構想でなく、ほとんどが空き家対策なんですね。それじゃただの移住です。一戸建て住宅ではやがて介護が必要となった時どうするのか。ゴミ出し、買い物、豪雪地帯では雪かき。いずれ大問題に直面することは目に見えています。ベストな環境とはなんなのか、端から考えていないんです」

 ここのマンションはフロントがあったり、いろいろなサービスが付いているようですが……。

 「そうそう、こことそっくりな集合住宅を田舎に造ればいいんです。例えば、1階にナースステーションがあって、隣には病院があるような。介護はまだ先という元気な高齢者が住むというのが基本ですから、住みながらクリエーティブな生活ができるようにする。例えば、中庭に料理屋さんを呼んでくるとか、近くでゴルフやスキーができたり、サマーキャンプを企画すれば、都会から孫が来て長期滞在しますよ。しかもイベント企画はすべて集合住宅の介護士の仕事になりますから、仕事は介護だけってわけじゃない。入居者、従業員、地元、全てにメリットをもたらす。それがプラチナタウンなんです」

 確かに、それが実現したらよさそうですね。

 「それがダメなんです、できたらいいねという言葉が。日本人は必ず言う、『できたらいいね、でもそれは夢物語……』と。私は常々言うんですよ、『だったら、やったらいいじゃねえか』と。『できない理由を探すより、どうしたら実現できるかに知恵を絞ろうよ、それが仕事というもんだろ』と」

 確かに、できない理由を延々と説明する名人が、どの組織にもいそうですね。

 「日本人の組織って、前例のないことをやろうとすると、まず現実から積み上げていくんですね。私は外資系企業で80億円のプロジェクトを担当したことがありますが、アメリカ企業では実施段階に入ると主要メンバーが1週間缶詰めになってアイデアを出し合い、何を目指すのかをコンセプチュアル・デザイン(概念設計)というものにまとめるんです。メンバー同士がバンバン言い合って、ボードにガンガン書いて、パソコンに打っていく。その通りになるかどうかは分からない。理想の形、目指すものを全員で共有することから始まるんですね。なるほど、ケネディ大統領が10年で人類を月に送ると言えば行くわけだと感心しましたよ。「10年」「月」とゴールが決まれば、実現する方法を考えるしかないんですから。ところが、日本ではそんな会議で上司が若手に対して『よくそんな無責任なことが言えるね』と発言すると、みんな何も言わなくなっちゃう」

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