「期待を裏切らずに予想を裏切る」

次は何を書くかわからない作家になりたい

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 「犯人はあなただ!」「読者全員が犯人である」と刺激的なコピーで挑発するミステリー小説「ウルチモ・トルッコ」(その後「最後のトリック」と改題)でデビュー後も、「エコール・ド・パリ殺人事件」「ジークフリートの剣」「ミステリー・アリーナ」などを10年間で次々と世に出し、読む者をあっと言わせる本格ミステリーでは定評のある深水黎一郎さん(54)。難解な科学理論が飛び交う会話の末に意外な結末を迎える短編小説「人間の尊厳と八〇〇メートル」で日本推理作家協会賞も受賞した。一方では、中日ドラゴンズへの熱愛ぶりから野球オタク小説を書いたり、ルビ付き難訓漢字やダジャレ・言葉遊び満載の小説を発表したりと、幅広い世界を楽しませてくれる。そのギャップや落差を意図的にたくらんでいる作家の真意とは?

 深水さんはフランス文学の研究のため、大学院博士課程まで進んで4年間のフランス留学も経験しています。今も慶応大学の教壇でフランス語やフランス文学を教えてらっしゃるとか。小説家になりたいという思いは、いつごろからあったのですか。

 「大学に入った頃から、いつか作家になりたいという思いはありました。でも、作家になるなんて、そんなに軽々しく言えるものじゃないですからね。それに研究のほうも面白くなって、フランス語を勉強したり、論文を書いたり、留学試験を受けたり……としているうちに、なかなか小説を書く時間がないままに、年月がたってしまいました。結局、31歳のときに留学を終えて帰国しました。そろそろ小説を書かないと作家デビューできないよねと気づいて、大学で教えながら少しずつ書き始めまして、まあ10年かかって作家デビューできたんですが」

 文学、特に小説に興味を持ったのはいつごろからですか。

 「子どもの頃から本はよく読んでいました。マスコミ系の会社に勤めていた父が本好きで、毎日のように本を買ってくるので、母親が『また本ばかり買ってきて!』と怒っていたのを覚えています。中央公論社が出していた日本文学全集がうちにあって、読んだりしていました。ミステリー小説は子ども用にリライトされた怪盗ルパン、シャーロック・ホームズなどは小学校4年生くらいまでにあらかた読んでしまい、5、6年生のころから創元推理文庫にも手を出すようになりました。さすがに当時文庫本を読む子はいませんでしたね。創元文庫の中でも、男の横顔とクエスチョンマークがついていた本格推理ものが好きでした。もちろん、草野球なんかやって外で遅くまで遊ぶ普通の子でしたけど、結構読書好きのインドア派だったかもしれません」

 よく小学校の卒業記念文集に「将来の夢」といった題の文章を書く例がありますが、その頃の深水少年は何と書いたんですか。

 「天文学者になりたい、と書きました。望遠鏡を買ってもらって、よく夜空を眺めていた天文少年でもあったんですよ。デビュー作『ウルチモ・トルッコ』(2007年、メフィスト賞受賞)に、天文少年が出てきます。自分の経験が出ています」

 天文少年が文学少年に変わっていったのはいつごろですか。

 「ある日突然変わるものではなくて、そのうちにだんだんと決まっていくものでしょう。根っから小説が好きだったので、大学入学時にはいつか作家になりたいと。学科も変えて仏文科に移りましたが、大学に残ったのは作家になるための時間稼ぎをしたいという邪(よこしま)な気持ちもありましたね」

 

 文学研究と小説創作。ともにご経験されていますが、どちらが面白いですか。

 「研究も面白いですが、ぶっちゃけ、小説創作は喜びの質が違いますね。それに外国文学の研究者というのは、残念ながらここ30年くらいで、需要と供給のバランスが完全に崩れてしまったんですよ。僕が大学生だった昔は、サルトルやカミュの全集が普通の町の本屋にも置いてありましたが、今は見つけるのが一苦労です。フランス文学そのものもスターが今不在で、2014年にパトリック・モディアノがノーベル文学賞を受賞しましたが、世界的な影響力があるとは言えない。ミステリーではピエール・ルメートルの『その女アレックス』が何年か前に日本でもバカ売れしたことがありますが、純文学の世界では今のフランス人作家の本を翻訳して日本で出版できるかというと、難しいですね」

 さて、本題に入ります。ポリシーといえば、どんなことを挙げますか。

 「作品上のポリシーというか、モットーにしているのは、これは見出しで使えると思いますが、期待を裏切らずに予想を裏切る!ということです。 読者が、この作家は次回作はこんなものを書くだろうと予想する。その予想を裏切りながら、読者の期待には応えていく。言うは易し行うは難しですが、常に次は何を書くかわからない作家になりたいというのが、僕の理想です」

 でも、特にシリーズものならば、やはり期待と予想が合ったような内容を読者は求めているところがありますよね。

 「主人公のキャラクターやヒロインが変わらずに第2、第3、第4、第5……と続いて出していく戦略は否定しません。でも何作か読むと大体パターンがわかっちゃうものはイヤで、常に違うものを出していきたい。といっても、作品間でゆるやかなつながりがあって、全体で包括的な世界を作り上げたい、という気持ちですけどね」

 神泉寺瞬一郎が主人公の芸術探偵シリーズも、そういう工夫がなされているんですか。

 「同じ芸術ものといっても毎回ジャンルを変えて、同じものは書かないようにしています。例えば、第1作の『エコール・ド・パリ殺人事件』では絵画がテーマになっており、第2作の『トスカの接吻』はオペラ、第3作の『花窗玻璃(はなまどはり) シャガールの黙示』は建築……といったように。同じ音楽分野でもオペラが出たら、次は器楽、という感じです。3月に出る第6作『虚像のアラベスク』ではバレエがテーマです」

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