インタビュー:山下泰裕副学長 柔道家として教育を語る

 2012年最初のインタビューは、山下泰裕副学長(スポーツ・社会連携担当)。全日本選手権9連覇、ロス五輪金メダル、国民栄誉賞受賞の「不世出の柔道家」は今、教育者として若者と真摯(しんし)に向き合う日々を送る。山下副学長に学生時代の思い出から今の日本の課題まで縦横に語ってもらった。【毎日新聞社デジタルメディア局 小座野容斉】

--東海大学で得たものを教えてください。

 山下副学長(以下、山下) 私が学んでいたころは、創立者の松前重義先生がお元気でした。自分が在籍した体育学部の武道学科でも、松前先生について勉強しました。その中で「人生、いかに生きるべきか」を、松前先生の後ろ姿を見ながら、お話を聞きながら、感じてきました。当時、松前先生がよく言われていたのは、「国際交流、友好親善、相互理解そして世界平和」。そういう意味では東海大学は常にさきがけの大学だったと思いますね。

 もう一点は、東海大学体育学部武道学科に進んで、柔道の創設者・嘉納治五郎先生について学んだのです。嘉納先生がなぜ柔術を学び始めたのか。さまざまな柔術を学びながらその中でなぜ柔道というものを興したのか。なぜ「柔の道」なのか。これを大学で学んだことが、私の生き方に非常に大きな影響を与えたのです。

 今の私を作ったのは、簡単に言うと「東海大学と柔道」この二つだと思っています。

 選手生活を終え、指導者を経て、私は学科の主任を経験せずに学部長になりました。学部長になった1年後には理事、2011年10月には副学長になりました。今まで経験したことのない責務を与えられて、いろいろな問題や壁にぶつかります。そういうときに、東海大学の教室で、柔道場で学んだ中に答えがあるんですね。大学生活の中で得たもの、学んだものは非常に大きい。そう考えています。

--松前先生の言葉で、心に残っているものを教えてください。

 山下 先生が直接私にかけられた言葉では「山下君、僕はなぜ君を応援してきたか。わかってくれるか。試合で勝ってほしい、それだけじゃないよ。君には日本で生まれ育った柔道を通して世界の若人と友好親善を深めてほしい。そしてそれだけじゃない。君にはスポーツを通して世界平和に貢献できる人間であってほしい。だから僕は君を応援してきたんだ」。

 何回もこの話をされました。2006年から大学の私の研究室の半分を使ってNPO法人「柔道教育ソリダリティー」をスタートさせました。さまざまな活動を展開しています。こういった活動も、松前先生との出会いがなかったら生まれなかったと思います。

 先生はクリスチャンでしたから、聖書の言葉はよく聞かされましたね。一番先生が好きだったのは「汝のパンを水の上に投ぜよ。いく日かの後、再び汝それを得ん」。私なりに解釈すると、パンを自分だけのものにするのではなくて、得たものを多くの人と共有しなさい。他の人のことを思ってやりなさい。それは後々、全部自分に返ってくるんだよ、ということなのだろうと。

 また、松前先生が好きだったのは「同志」という言葉です。志を同じくする者。忌憚なくお互いにものが言えるが、最終的に目指すものが同じである。そういう固い信頼関係による結びつきです。私が、柔道の全日本の監督になったときもコーチ、サポートスタッフはみな、「同志」だと思っていました。今、私は、学内でも学外でも、さまざまな活動を行っていますが、違った経験、違った得意分野を持つ人たちがこぞって、お互いを尊重しながら、力を合わせて同じものを目指す。そういうことを大事にしています。

--在学中、柔道以外の分野ではどんなことに力を注がれましたか。

 山下 もちろん第一には学業です。これは学生の本分ですから。基本的な考え方は、単に柔道のチャンピオンを目指したのではない。目指すは「人生の勝利者」である、ということです。今、学生のスポーツ活動を奨励していますが、「課外活動であっても東海大学の教育活動の一環である」と、スポーツを通した人づくりを大切にしています。

 そういう意味では、「学業と柔道」以外は、あまり浮かびません。かなりストイックな日々を送っていました。ただ集中してやった後はリラックスが大事なので、土曜の夜はお酒や食事を楽しむこともありました。ハナキン、ハナモクではなく「華の土曜日」でした。学生時代の私にとってぜいたくな時間です。仲間と一緒に食事をしながらお酒を飲み、歌い、騒ぎました。翌日の日曜日は昼近くまでぐっすり眠る。そうして心身共にスカッとして、また月曜日から「やるぞ」という気持ちになりました。といっても、日曜日がいつも休みというわけでもなく、試合前に当たることもたくさんありましたから、月に1回ぐらいの楽しみだったのですが。

 卒業するときに、私は体育学部の総代だったのですが、心中で「我が学生生活に悔いはない」と、思っていました。胸を張れる充実した素晴らしい4年間でした。

--多数の国や人々をご覧になってきたと思いますが、日本が取り組まなければならない部分はなんでしょうか。

 山下 私がそれを語れるような資格があるのか分かりませんが。まず、思うのは日本は我々が思っているほど、世界の中でよく知られていないということです。知識人、指導者層には知られているかもしれませんが、一般の人々から見ると、まだ「ファーイースト(極東)」なのだと思います

 柔道という切り口で見ると、日本は宗家であって、世界の人たちは日本にあこがれています。しかし、一歩柔道を離れるとなかなかそうではないと感じます。

 今の若い人たちがだんだんに内向きになって、外に出ない。知っている仲間と知っている世界、限られたところで生きていく。企業でも海外赴任したがる人たちが少ないと聞きます。個人的には、なんともったいないことかと思います。

 一度きりの人生、さまざまな体験を積んで視野を広めて、世界と交流して友人を持って、外国とかかわる一人一人が草の根レベルの外交官であるという気持ちを持ってもらいたいと思います。外に出ないと日本の良さも足りないところも分からないと思います。日本が今後も発展し、世界中から大切な国として信頼されていくためには、日本を外からの目で見られる、そういった視点が必要でしょう。

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