インタビュー:山下泰裕副学長 柔道家として教育を語る

--今のご自身の目標を教えてください。

 山下 「体育」「スポーツ」の授業です。今の日本人は、精神的に折れやすくなって、他の人と協力し合うこともなかなか難しくなってきています。一方、子どもたちでも、体力が両極化しています。非常にひ弱な子どもと、スポーツなど活発にやって元気な子どもと。オリンピックでいくつ勝つということも大事かもしれないけど、日本の国のことを考えたら、友だちができないとか、意思の疎通がうまくできないとか、ちょっとしたことで折れやすいとか、そういった子どもたちに生きる力を与えいく必要があるのではないかと考えています。

 そこで「体育」の授業なんです。部活じゃないんです。部活は(そのスポーツを)好きな子どもがやっています。大事にしたいのは、運動が好きな子、一生懸命やっている子じゃないんです。そうではない子に、体育の授業を通して、自分の心と体を解き放ってやる。気持ちよく体を動かして、汗をかいて、そして友だちと協力しあいながらやっていく。その中で二つの「じりつ」、自分を律する「自律」と自分の足で立つ「自立」を実現していく。自分の感情をコントロールし、失敗から立ち直り、仲間と力を合わせ、相手を思いやり、決まりを守る。そういったことを体育の授業で狙っていく。

 大事なのは「勝ち負け」じゃないんです。自分を解放して、体を動かすことから来る壮快感を楽しんで、仲間と協力する。その最後に勝ち負けが来ればいい。比べるなら、他の人とではなく、前日、1カ月前、3カ月前の自分と比べて成長できていればいい。

 そのためには指導者の力量、体育・スポーツの授業に対する姿勢や価値観が問われます。ここを変えていかないといけません。簡単なことではありませんが。

 1年ほど前に聞いた言葉ですが「自尊心は高ければ高いほどいい。ただしそれは同じくらい高い他尊心を持っていた場合」。「競争」も大事ですが「共生」が大事なんです。「自己」と「利他」とのバランスが大切です。

 恐れ多いことですが、私は5〜6年前までは、松前先生と、嘉納先生がいつも後ろから見守ってくださっているという感じがありました。いろいろと不思議な扉が開くのです。そしていろいろな人との出会いがあって、いろいろな道が開かれていく。「これはやはり、お二人に応援していただいているのではないだろうか」と思っていました。ところが、だんだん私の考えが変わってきて「お二人に使われているのではないかと」(笑い)。

 お二人が目指されたものを今、現世で実現して、よりよい社会、人々が理解し合い協力していく社会を作っていくために、私も(その理想の中で)限られた部分で使われているのかなと思うようになりました。

 もう一つ恐れ多いことを言いますと、自分の人生が最期だけははっきり見えているのです。この世での私の役割が終わったときに、松前先生と嘉納先生に迎えに来ていただく。松前先生から「山下、ご苦労さん。よく私の期待にこたえてくれた」と言葉をかけてもらう。また、嘉納先生は私が生まれる前にこの世を去られていますから、当然お会いしたことがないのですが、「君が山下か。よく『柔の道』を極めてくれたな」と言葉をいただく。それが私のストーリーの最後です。そのためにはまだまだこれからなのです。

--学生、受験生など今の若い人たちにメッセージをお願いします。

 山下 「若き日に汝の希望を星につなげ」

 自分の夢、目標、一人一人がなりたい自分をイメージして日々励んでほしい。20年後30年後の日本を作っていくのは皆さんです。そんな皆さんの少しでもお役に立てるような自分でありたい。そう思っています。


副学長(スポーツ・社会連携担当)
山下泰裕
1957年、熊本県上益城郡矢部町生まれ。
1985年4月の全日本柔道選手権優勝を最後に現役引退するまで7つの引き分けを挟み203連勝の記録を持ち、全日本柔道選手権9連覇を達成する。1984年 ロサンゼルオリンピックでは、2回戦で軸足右ふくらはぎに肉離れを起こすも金メダルに輝いた。1984年国民栄誉賞を受賞、28歳で1985年現役を引退。1992年より、全日本柔道男子強化ヘッドコーチ、男子強化部長、強化副委員長・同連盟理事を歴任、2003年、国際柔道連盟教育コーチング理事に就任。2007年、紫綬褒章を受賞。その他多数受賞歴有り。 現在は、東海大学理事・副学長・体育学部長であり、認定NPO法人柔道教育ソリダリティー理事長、また神奈川県体育協会会長を兼務。

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