グリーンツーリズムの魅力と景観 地元の魅力への気づきと誇りが観光客を呼び、まちを活性化

 --グリーンツーリズムを定着させるための条件や課題はありますか。

 訪れた人がその土地をほめること。そして地元の人がその土地やそこにあるものの魅力に気付くことです。そして地元で頑張る人がいる、それが絶対条件ですね。地元に愛着を持ち、地元を盛り上げていく仲間作りも大切です。

 一方、街歩きのためのマップ作りだけで終わっている地域もあります。そこでガイドが必要となりますが、ガイドをするにもネタが必要ですね。たとえば地元の教育委員会には文化財担当者など、その土地の歴史や建物に造詣の深い人がいます。そうした人の協力を得て、専門的な情報をよりわかりやすく一般化して、ガイドが利用する。勝沼にも地元のことなら何でも知っているという人がいて、ボランティアガイド用に説明文書を用意してもらいました。

 グリーンツーリズムは、本来団体旅行のようにどーんとお客さんを連れてきて何かをやるのとは異なり、息長く続けられ、地域を破壊しないで、地域を育てていく仕組みなんです。現実には、中学生・高校生向けの団体利用も多いですが。

 --地域固有の景観や観光的な魅力をまちづくりに生かすには、何が必要でしょうか。

 景観を楽しむには見る目が必要です。たとえば小さな子どもが仏像や寺院を見ても、喜ばないですよね。それは素直な感覚です。大人はその意味を教養として身につけて、理解できているわけです。理解できる人とできない人では、価値がまったく異なる。私はこれを風景が持っている「意味的価値」と言っています。

 一方で「意味的価値」とともに、人には動物的なセンスで景色をとらえる面もあります。芝生が広がっていれば、そこに寝転がったら気持ちよさそうと感じ、清らかな水が流れていれば足を浸してみたいと思う。知識はなくても、体でわかっている景観の捉え方ですよね。意味的なもの、身体感覚的なものの両方をうまく満たしてあげると、観光的にも魅力的なものができてくると思います。

 一般にホスピタリティー(おもてなしの心)は、人が人をもてなすことと捉えられがちですが、環境面では景観が人をもてなすことが実際に起こります。ヨーロッパの田舎の街では、家々の軒先に花が植えられていますよね。あれだけでも歓迎表現です。清流や固有の眺望なども訪れる人を歓迎してくれます。このようなものを私は「空間のホスピタリティー」と呼んでいます。

 --実際に携わった勝沼の例を紹介していただけますか。

 十数年前から「フットパス」という取り組みをやっています。フットパスとはイギリスで生まれ、自然や歴史文化に親しむ散歩道のことです。前述しましたが、2002年の夏から約1年半をかけて勝沼町の都市計画マスタープランの策定に関わりました。都市というよりはむしろ農村ですが。その中で調査のため、町民有志とともに町内を歩くうち、景観や勝沼独特の文化など「お宝」をたくさん発見しました。そこでそれを生かして歩くツアーをやったらという話になりました。そのころ日本で最初に多摩丘陵でフットパスを実施していたNPOの存在を知り、実際にみんなで「フットパスまつり」に行ってみて体験してきました。勝沼には一面に広がるブドウ棚やワイン産業、砂防遺産、JRから譲ってもらった廃線トンネルなど、その土地ならではのものがたくさんあります。こうしたその土地固有のものを見て、味わうことが観光には必要ですし、それを維持する仕組みも必要です。勝沼ではフットパスを実施しながら、固有の景観を生かしたまちづくりを進めています。今では地元の人に景観の良さを再認識してもらい、地域の方々にフットパスの取り組みが浸透しつつあります。

 --人にとって価値ある風景、だれもが好む景色とは、どのようなものでしょうか。

 まずは居心地がいいと感じられる場所です。人は水平線など遠くが見えていると開放感を感じます。それは動物的なセンスですが、眺望を通して危険だとか、敵の襲来を一瞬で察知できるからだと考えています。だから眺望が開けている場所は安心感が得られます。見晴らしのよい高台や展望台は人気がありますよね。まだ検証の余地はありますが、眺望のよさで人は「安心」を見て、さらにそこに「もてなし」を感じ取ることができるならば、快いと感じるでしょう。

 --専門の景観論についてお聞かせください。

 景観論を議論できるのは幸せなことで、平和な時代じゃないとできないですよね。逆に素晴らしい景観があれば、人の心を落ち着かせ、戦争が起こらない可能性もありますよね。

 観光と景観は切っても切れません。しかし景観は普段、空気のようなものです。ですので学生にはいつも、好奇心を持って景観を意識し、「なぜ居心地がいいのか、悪いのか」を気にしながら歩くようにしなさいと言っています。

 ちょっと話がずれるかもしれませんが、景観はあいまいな部分も多く、勘でわかる、年季を積むとわかるといったことがよくあります。そういう学問的に解明されていない「知」を活用しないといけないと感じています。最近は役所の委員会などで学識経験者だけが専門家と称して集まって議論していますが、蛸壺(たこつぼ)にはまっていない人たち、つまりもっと市民感覚や職人感覚を加えるべきでしょう。素人や無名の経験者の生命感覚を持ったヒトとしての直感を無視すべきではないと思います。

 --今後、取り組んでいきたいテーマは何でしょうか。

 人にとって景観とは、どんな価値とか役割をもたらしてくれるのか追究したいですね。だれもが好む景観について、ある程度見当はつけてあるので、いろいろなパターンで、どういう経験をして、どういうふうに育った人が、どういうものを好むのかなども追究してみたいです。

 それにより、ゲーム世代と呼ばれる今の若い人たちが将来、景観に対してどういった嗜好(しこう)になるのかが分かるかもしれないし、どういった方向にもっていくと、まちづくりが適切になされるのかについての判断材料になるかもしれません。

 --最後に学生へのメッセージをお願いします。

 最近の学生を見ていると、景色そのものにはあまり関心を示さない傾向があるように見えることがあり、ちょっと心配です。杞憂(きゆう)であれば良いのですが、目で見るものより、音や画像の文化が支配的になっているのかもしれません。

 私たちが学生のころは、いろいろなものを見て歩きたい、あれもこれも見たいということでいっぱいでしたが、最近は情報過多なのか、いろいろ見るというよりは、一地点にとどまって何かをやるというふうに行動範囲が昔よりも狭くなっているように思えます。

 ですから、学生には何より実物を見てほしいです。デジタルでなく、生身の身体で体験してほしい。人とのコミュニケーションでもそうです。幼いころにたち帰って、雲でも石ころでも動植物でも目についたものに興味をもって、生のものにもっと触れてもらいたいです。時間が自由に使える時期だからこそ、部屋に閉じこもらな いで、外に出て、いろいろ体験してください。

東海大学観光学部観光学科教授
屋代 雅充(やしろ まさみち)
1953年2月25日生まれ。1976年、東京教育大学農学部林学科卒業。1978年、東京大学大学院農学系研究科林学専門課程(修士課程:森林風致計画学)修了。環境系およびコンピューター系の2社を経て、1980年から観光・景観・地域計画のコンサルタント(株)ラック計画研究所に勤務。研究員、主任研究員、取締役を経て、1998年から2008年まで代表取締役。勇退後、2009年より東海大学観光学部設置準備室(文学部広報メディア学科教授)。2010年より現職。専門は景観論・景観まちづくり・景観デザイン。技術士(建設部門)。
日本造園学会査読委員等、土木学会景観・デザイン委員会委員。2010〜2011年度、秦野市観光振興基本計画策定検討委員会委員長。
1986年、日本公園緑地協会創立50周年記念論文優秀賞受賞。1992年、日本造園学会賞(調査計画部門)受賞。2006年、都市環境デザイン会議JUDI賞(発表部門)受賞。

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