PM2.5からシックハウスまで 学際的に“空気”を研究 理学部化学科 関根嘉香教授

 日本国内への越境汚染が大きな話題になった中国の粒子状物質PM2.5の大気汚染問題や住宅の建材の化学物質が原因といわれるシックハウス症候群など、空気の汚染について多くの関心が集まっている。目に見えない空気の汚染物質の測定から汚染原因対策まで幅広いテーマで研究する理学部化学科の関根嘉香教授に話を聞いた。【毎日新聞社デジタルメディア局 仲村隆】

--研究室のテーマとして掲げられている「空気質のガバナンス」とはどういったことなのでしょうか。

 空気は我々が生きていく上で重要で欠かせないものです。人は誰でも健康で快適に安全な空気を吸うことができる権利があります。でも、空気は私たちがいる場所にあるものを吸うしかなく、水や食物と違って選ぶこともできません。また、空気は意識できるものでないため、目に見えない環境汚染物質に汚染されていると思わぬ健康被害が出てきます。私たちの研究では、目に見えない空気の状態を科学的な手法で調べ、対策を取っていきます。

 この科学的なアプローチで、空気汚染の測定から汚染のメカニズムの解明や環境保全技術の開発を進めているわけですが、空気汚染問題は、身近な住宅で起こるシックハウス症候群からPM2.5など大気汚染物質が国境を越えて移動するもの、地球温暖化の原因となる温室効果ガスなど、対象は幅広いものです。

 その予防や解決のためには、化学を中心に医学や建築学、気象学など科学的なアプローチだけでなく、経済学、法学、政治学、政策学などの研究者にご協力いただき社会科学と連携しながら社会のシステムとして基盤を作っていく「空気質のガバナンス」が必要だと考えています。

--中国の大気汚染についての研究については。

 中国の主要エネルギーは石炭です。各地で石炭を燃やすことで発生するばいじんや硫黄酸化物などの大気汚染が問題になっています。私は、1990年代から慶応義塾大学の出身者でつくる学際的な研究グループに参加し、四川省や遼寧省といった中国内陸部で大気汚染についての研究を進めました。これには、化学、医学といった分野の研究者だけでなく、経済学など人文科学系の研究者も参加して、原因の解明から行政機関などが実際に対策をとれるよう政策提言なども行っています。

 私の研究室では、大気中に含まれるPM2.5などの微粒子成分やガス成分の観測を実施してきました。中国の経済発展やマイカーの増加などのライフスタイルの変化に伴う都市の大気の変化と、将来の変化を予測するための研究を進めてきています。

 また、石炭を改良し、硫黄酸化物の発生を低減する脱硫技術「バイオブリケット」の製造実験にも参加しています。中国に普及した場合の低減効果を予測して、行政への導入を働きかけました。しかし、一度は歓迎され、2カ所で工場までできたのですが、中国政府が石炭から石油へエネルギーの転換方針を示したことで、一転して不採用となってしまいました。このところのPM2.5問題の高まりは、中国政府の方針とは裏腹にいまだにエネルギーの大半を石炭に頼っている現実を示したものです。

 現在では、中国が石炭から天然ガスにエネルギー転換した場合の大気中のPM2.5の濃度がどれくらいになるかのシミュレーションを行う大きなテーマを扱う一方で、PM2.5を集めて、触媒で無毒化してしまおうという研究も行っています。

--現在の建物や住宅は省エネルギー対策などで高気密化されたことで、住宅の建材などに使われる化学物質が原因と言われるシックハウス症候群が社会問題化しています。

 シックハウス問題は1996年に国会で取り上げられ大きな社会問題となりました。当時は、私のところで臭いを取るための脱臭触媒の研究をしており、原因物質となるホルムアルデヒドを乾電池などに使われる二酸化マンガンを使って常温で、水と二酸化炭素に完全分解できる現象を発見しました。その発見を基にシックハウス問題の解決に応用できないかと考え、実用化することに成功したのです。2000年ごろにはシックハウス対策専用の空気清浄機を製品として世の中に送り出しました。

--大気汚染物質を簡単に測定できるパッシブ・サンプラーの普及に向けての開発を進められているそうですね。

 空気中の汚染物質の測定は、専門家が大きなポンプを抱えて空気を採取するのですが、空気は目に見えず、風や換気で容易に移動してしまうため、採取が大変なんです。そのために注目されているのがパッシブ・サンプラーで、その開発を進めています。元々は1970年代に英国で開発されたもので、人の指くらいの長さのものです。部屋の中にぶら下げておけば受動的にサンプルを集めてくれるという便利なツールで、本体の中には、調べたい物質の吸着材が入っており、小型・軽量・電源不要でいつでも、どこでも、だれにでも(ユビキタス)簡単にセットできる空気測定器です。

 吸着材を変えれば、何十種もの汚染物質を測定することができます。それに、コストは従来の3分の1に抑えることができるので、シックハウス症候群の対策など幅広く活用されています。

--パッシブ・サンプラーを人の健康状態の診断などにも応用されているとのことですが、その際に測定する生体ガスとはどんなものなのですか。

 要は体の臭いです。臭いで患者さんの健康診断をしようという試みです。お医者さんが患者さんを診るときに、臭いで患者さんの様子を知るということが昔から知られていますが、これを科学的に調べようというものです。使っているのは、パッシブ・サンプラーで、患者さんから出てくる微量のガスを集めて、分析します。

 一例で言うと、飲酒の有無のケースです。飲酒の有無は呼気の中に含まれるアルコールで判断していますが、アルコールは短時間で検出できなくなります。しかし、アルコールが分解されて皮膚表面から出てくるガスは長時間検出されるため、12時間たっても測定できます。これを学会で発表したら、警察の専門部門の方からも問い合わせをいただきました。

 また、本学の医学部と共同で研究していますが、やけどの治り具合の状況把握に応用できないかという研究も進めています。また、吸着剤に特定の物質が検出されると色が変わって、目で確認できる技術の研究もしています。

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