「人間の安全保障」を軸に社会のあり方を研究 視野は電脳空間にも東海大学 教養学部 国際学科 旦祐介教授

  集団的自衛権の行使容認を求める自民党の動きが注目されるなど、現在「安全保障」に関する議論が活発だ。安全保障の概念とは、「国家、国民の安全を他国からの攻撃や侵略などの脅威から守る」とされているが、その意味や焦点は時代とともに変わってきているとも言われる。「人間の安全保障」をテーマに研究している東海大学の旦祐介教授に、その思想の意義などについて聞いた。【毎日新聞社デジタルメディア局 高橋望】

--研究されているテーマについて教えてください。

 非国家的、非軍事的な安全保障の概念である、「人間の安全保障」をキーワードとして、どのように国際政治のあり方を変えていくことができるかに関心を持っています。

--「人間の安全保障」とはどういったものなのですか。

 まず簡単に「人間の安全保障」を説明しますと、「政治信条の違いから拷問されるような恐怖におののかないですむような安全」、そして「食べ物などの心配をしないですむ安心」などを、すべての人たちに認めようという考え方を指します。

 「人間の安全保障」という概念を国際社会で初めて公に取り上げたのは、国連開発計画の1994年版人間開発報告でした。

 また、緒方貞子・元国連難民高等弁務官が共同議長を務めた「人間の安全保障委員会」は、2003年にアナン国連事務総長(当時)に宛てた報告書で以下のように述べています。「安全保障の焦点を国家のみを対象とするものから、人々を含むものへと拡大する必要があり、人々の安全を確保するには包括的かつ統合された取り組みが必要」と。この考え方は冷戦後ますます社会に浸透してきています。なお現在の「人間の安全保障」には、「自立支援」の観点も含まれます。

--「人間の安全保障」は現在社会においてどう必要とされていますか。

 「恐怖からの自由」、「欠乏からの自由」という安心・安全の問題は、多くの途上国で依然極めて深刻です。しかし先進国でも貧富の差などを議論しなければいけない時代となってきていますし、特に最近では大震災やハリケーン来襲の際に「人間の安全保障」が問われ、その思想が必要となってきていることが明白です。

 例えば米国同時多発テロ。多くのお金をかけて国家の安全保障を行ってきた、ミサイルで米国民を守っているはずだったのが守れなかった。多数の被害者が出たわけです。「国家安全保障は神話だった」ということになりました。

 日本では東日本大震災の3・11の時にそれが浮き彫りに。先進国でも、人間としての「不安全」の課題は十分あり得るんだなと認識されたはずです。

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