奥が深い観光学で日本を元気に 里山はワンダーランド 地域の魅力を見いだせ

 「観光立国」の実現が日本の新たな成長戦略となっている。昨年初めて1000万人を突破した訪日外国人旅行者(インバウンド)を、東京オリンピック・パラリンピックが開催される2020年をめどに年2000万人に増やす目標を政府は掲げる。21世紀の重要な施策となった観光産業の育成。その観光を学問として研究する「観光学」とはどんな学問なのか。また、社会にはどのように還元されるのか。東海大学観光学部の田中伸彦教授に聞いた。【毎日新聞社デジタルメディア局 小島昇】

--田中教授と東海大学観光学部との関わりは?

 観光学部が新設された2010年4月に、この大学に着任しました。それまでは、独立行政法人森林総合研究所(茨城県つくば市)で、生物多様性の保全と観光利用との調和や、持続可能な地域振興などの研究に関わっていました。

 21世紀以降、多くの大学に次々と観光学部や学科ができましたが、実は、日本には最近まで観光学部のように、観光を一括して研究する組織はほとんどありませんでした。そのため、観光研究者は、他のさまざまな学部や研究所に離散していたのです。私自身の事情を言うと、当時は幸か不幸か昇進し、研究所の企画・運営といった管理的な立場に置かれ、観光研究の現場から遠ざかりもんもんとしていました。その時、ちょうど観光学部の設置に加わらないかと声をかけていただきました。

--観光学を端的にご紹介いただけますか。

 観光学は、「地域管理学」と「経営学」という二つの大きな柱で構成されると説明できます。まず、観光で訪れる地域を「管理」する手法を身につけなければいけません。次に、そこで産業を興して、経済循環をもたらすために「経営」の論理を身につけなければいけません。管理も経営も、英語では「マネジメント」です。観光に関わる地域をどう管理するのか、企業や組織をどう経営するかという、二つのマネジメントを修めるのが観光学です。

 地域のマネジメントだけを学ぶなら、例えば工学部には都市工学科、農学部には農村計画学や森林学科があります。一方、企業のマネジメントを学ぶだけなら、それこそ経営学部や経営学科でいいことになります。観光は、その両方のバランスをとる力が必要なのです。どちらかの力が弱いと、車の両輪のいずれかが傾いてしまいます。両方理解する必要があるので、観光学部生は人より多くのことを学ばなくてはいけないはずです。

--ホテルやレストランで「おもてなし」するだけではないのですね。

 おもてなしも重要ですが、それだけでは大学の学びとは言えません。わたしは、「学生が迷子になる」とよく言っています。学問への興味が薄いまま、表面的な立ち居振る舞いや語学だけを身につけても観光の全体像が頭に描けず、自分の置かれた立場が把握できずに迷子になります。一方興味本位にあれもこれもと広く浅く手をつけるだけでは、自分の中に人に誇れる学問が残りません。観光学の中に自分の居場所がつくれないまま迷子になります。どちらも学問的には迷子です。大学で観光学を学ぶ際には、迷子にならないよう気をつけなければいけません。

 観光学を説明するもう一つの方法に、「『現象』と『産業』の理解」というのがあります。観光が成立するためには、人と目的地の存在が不可欠です。観光とは、人が「居住地」と「目的地」を行き来する現象です。なお、両地の間にはトランジットする「立寄地」があります。観光学ではこの三つの場所で、どんな現象が起きているのかを解明しなければなりません。

 また、産業に目を向けると、居住地にはツアーやチケットを販売する「旅行業者」、目的地にはホテルや旅館などの「宿泊業者」、立寄地には空港や駅を管理する「運輸業者」がいます。この三つがいわゆる観光の主要3業界です。3業界を中心に、現代の観光産業は展開されています。つまり、観光という現象に呼応した産業をどう育んでいくのかを理解するのが観光学です。

 日本では、かつて観光行政を旧鉄道省の流れをくむ旧運輸省が管轄していました。ただ運輸だけでは均衡ある観光の発展には不十分です。多くの産業に幅広く目を向けるため、2008年に観光庁が発足しました。観光庁が、今後所掌範囲を広げて、日本の観光行政を推進していってほしいですね。

--国際的に見ると日本では観光学の研究が遅れているそうですね。

 特にホスピタリティー「経営」学の分野では、欧米などとは相当の差があるようです。最近「観光文化」という雑誌でも指摘されたのですが、我が国のホスピタリティー経営学では、普遍性のないベテランの勘や経験に基づくノウハウや、古い理論の焼き直し、統計の初歩しか活用しない研究など、欧米的には1970年代の水準にとどまる内容が、いまだに学問として流通していると批判されています。

 日本は製造業で発展したため、車や家電など「ものづくり」の経営学が主流でした。そのため、観光のようなサービス産業の経営学があまり顧みられない風潮ができてしまったのですね。ようやく今年になって、政府の新たな成長戦略に、サービス産業の生産性を高めるための大学教育を推進することが盛り込まれました。今後は、サービス経営の人材育成が進むと期待しています。

--日本では、歴史的にどのように観光が行われてきたのでしょうか?

 元々、日本では江戸時代に「一生に一度はお伊勢参り」というように長期旅行の習慣がありました。大正時代も観光は華やかでした。それが、太平洋戦争で一度しぼみます。戦後まもなくは生活の立て直しが大変でしたが、高度経済成長の時代になって、会社の団体慰安旅行のような娯楽一辺倒の観光が根づきました。個人旅行が主流化した現在も、余暇は娯楽中心がおしゃれで、自分を高める活動はダサいという風潮が、若者を中心に根強い気がします。

--田中教授の研究分野の「自然環境(森林)計画学」とは何ですか。また、もうひとつの専門の「レジャー学」は、観光学でどう位置づけられるのですか。

 森林学、特に森林風致計画学が私の学問の原点です。国立公園のような美しい風景地や、森林公園などのレクリエーション地を計画する学問です。日本は国土利用計画法で、国土を都市地域、農業地域、森林地域、自然公園地域、自然保全地域の五つの地域に分けています。このうち、後者の四つを観光的観点から管理する手法を研究していました。森や自然は観光だけに使うわけではないので、農林水産物の生産や治山、水源かん養、生態系の保護など、多面的機能とのバランスを考慮した計画が必要です。

 レジャー学は、日本人にこそ、もっと知ってもらいたい学問分野です。自分の自由裁量時間を、人間としていかに充実したものにするかを考える哲学・思想を基礎とする学問です。エコノミックアニマルの日本人が、人間らしく暮らし直すために欠かせない学問だと思います。

 大学教育でも、日本では、レジャー学は観光学の一つの小さな分野と思われがちです。しかし、例えば英国の高等教育では、「HLST+E」と整理しています。ホスピタリティー(Hospitality)、レジャー(Leisure)、スポーツ(Sport)、ツーリズム(Tourism)とイベント(Event)の五つの学問です。ツーリズム(観光)は、レジャーの上位概念ではなく、レジャーと並列する一つの分野にすぎません。日本ではレジャーは単なる娯楽として受け止められがちですが、欧米では、娯楽・休養・自己啓発を含めたトータルな人間形成のために必要な、基本的な学問だと重視されています。

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