「さわる展示」で見えないものが見えてくる
ユニバーサル・ミュージアムの可能性

課程資格教育センター
篠原聡准教授

 各地の美術館や博物館では車イス対応のトイレや館内の手すり設置などが進み、ハード面のユニバーサル化が浸透している。一方、ソフト面はどうだろうか。障害者、高齢者、子どもなど、だれもが楽しめる工夫はなされているか。「さわって楽しむ博物館」活動に取り組むなど、ユニバーサル・ミュージアムの普及に努める東海大学課程資格教育センターの教員で、同大松前記念館の学芸員でもある篠原聡准教授に聞いた。【毎日新聞社デジタルメディア局 江刺弘子】

--ユニバーサル・ミュージアムとは具体的にどのようなことでしょうか。

 性別や年齢、国籍、障害の有無を問わず、だれもが楽しめる博物館のことです。博物館のひとつの理想形ですが、この言葉も取り組みも、まだ浸透していないのが現状です。

 ユニバーサル・ミュージアムが生まれる背景に、1990年代以降に盛んになった公共施設のバリアフリー化とユニバーサルデザインの導入があります。公共施設にスロープや障害者用トイレを設置するなど建築物のバリアフリーを促すハートビル法が1994年に制定されると、各地でハード面の整備が進みました。

 しかし、だれもが楽しめる博物館にするためには、ハード面の整備だけでなく、子ども、高齢者、障害者、外国人などさまざまな来館者を意識した展示設計や仕掛け、仕組みが必須になってきます。

 問題は、具体的に「だれも」を、どうやって実現するのか。私は「だれも」の切り口として、これまで博物館から疎外されてきた人に注目しました。「見学」という言葉が象徴するように、従来の博物館から最も縁遠い存在だったのは見ることができない視覚障害者です。国立民族学博物館(民博・大阪府吹田市)の広瀬浩二郎さんが主催するユニバーサル・ミュージアム研究会への参加がきっかけで、私は「さわる展示」に取り組みはじめました。

--美術館や博物館では「作品に触れてはいけない」というのが一般的です

 作品や資料を後世に守り伝えていくことは博物館の責務です。その意味で展示物に触れてはいけないという認識は正しいといえます。どんなに注意深くさわっても破損の危険がありますし、不特定多数の人が訪れるとなると資料の劣化のリスクは避けられません。

 「さわる」という意味は博物館の種類によっても異なります。民博の「世界をさわる」というコーナーでは実際に資料に触ることができますが、現代の衣食住、生活用具を展示している民博と、東京国立博物館(東京都台東区)のように国宝や重要文化財などを収蔵する館とでは、資料の活用と保存のバランスは明らかに異なります。

 イタリアにある国立オメロ触覚美術館は、目がみえる人もみえない人も、ともに作品にさわって楽しむことができる専門の美術館です。ヨーロッパの彫刻史を学べるように、ルーブル美術館にあるような著名な彫刻については精巧なレプリカ(複製)を展示しています。このようなレプリカの活用に加え、今後はデジタル技術を応用することで、現在さわることができない作品や資料の新たな活用の道も拓けてくると考えています。

 意識改革も大切です。欧米の大規模なミュージアムには障害者に対応する専門の担当部署があり、アクセス・コーディネーターとして障害者が運営に参画しています。そうすることで現場では当事者の声を重視する意識が定着し、ミュージアムの運営に反映されているわけです。全盲の広瀬さんは、「視覚を使わない」ユニークなライフスタイルが、21世紀の新たな博物館展示の方向性を考える上で重要なヒントを与えてくれると語っています。

--日本における「さわる展示」を展開している施設を紹介してください。

 東京都渋谷区にあるギャラリーTOMは、1984年に視覚障害者のための手で見るギャラリーとしてスタートしました。触って美術を体験するといった取り組みの、日本では先駆け的なギャラリーです。

 近年開館した六甲山の上美術館〜さわるアートみゅーじあむ〜(神戸市)では、設立者が収集した宝飾品や彫刻などを常設展示し、すべて触ることができます。館長自ら来館者に付き添い、ていねいに資料の解説をしているそうです。

 公立館でも取り組みが広がっています。吹田市立博物館(大阪府)では毎年、「さわって楽しむはくぶつかんinすいた」という企画展を開催していますし、川越市立美術館(埼玉県)は開館当初からタッチアートコーナーを常設しています。

--美術館や博物館でユニバーサル化が進むと、何が変わってきますか。

 「さわる展示」の例でいうと、「やさしく丁寧にさわる」体験を重ねれば、作品や資料に対する愛情や愛着の気持ちが芽生えるのではないでしょうか。さわることを通して、資料を作り使っている人々の生活や文化を想像し、「モノとの対話」を重ねてゆく。その積み重ねが多様な人々や文化を尊重するやさしさにつながると考えています。そんなやさしさが博物館から社会に広がっていくことを期待していています。

 街づくりや観光の面にも役立つでしょう。福祉や障害者サービスという観点からではなく、触覚という視点から、新しい取り組みが生まれてくると思います。

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