人が健康で幸せに長生きするために、分野を横断して知恵の結集をめざす

先進生命科学研究所
平山令明 所長

 健康で幸せに長生きしたいというのは誰しもが望むことだろう。一人一人の生がよりよくあるためには、医療、食、住環境、人間関係、教育などさまざまな角度からのアプローチが求められている。先進生命科学研究所の平山令明所長に専門の枠を乗り越えた横断的研究の現状について聞いた。【小松やしほ】

 ——先生が所長をなさっている先進生命科学研究所について教えてください。

 先進生命科学研究所は本年度に新設されました。東海大では、総合大学として18の学部が全国に展開しておりますが、生命系としては理学部、工学部、海洋学部、医学部、農学部、生物学部の6学部があり、そこで研究をしている先生方も大勢います。ですが、一堂に会する機会もなく、互いに顔見知りになるということも少ない。同じ大学の中でも知らない人が知らない研究をやっているということが全然不思議ではないのが現実です。

 しかし、それぞれが分散して縦割りの状況の中で研究をやっているのは効率的ではありません。研究するにはお金がかかります。みんなが自分の成果を持ち寄って協力していかないと、大きな研究はできません。例えばA先生がaという装置を持っていて、B先生がbの装置を持っているとします。お互い、予算が少ないので一つの装置しか買えませんが、みんなが協力して一緒に活用すればabcd全部の装置を使っての研究が可能になるわけです。

 一人一人の時間や能力には限りがありますが、三人寄れば文殊の知恵と言われるように、先進生命科学研究所は単に研究をする場所というだけではなく、みんなが集まってきて情報交換をしたり、お互いにリソース(資源)をシェアしたりできる場所であり、組織となることを目指しています。

 ——どのような研究をされているのですか。

 研究分野としては、医薬総合研究、高機能性食品研究、香粧品研究、糖鎖科学研究の4部門があります。

 医薬総合研究部門では文字通り、医薬品そして病気の診断法の開発をしています。日本だけでなく世界的に高齢化が進む中、高齢者用の医薬品の必要性は今後ますます高くなることが予想されます。健康寿命を延ばす上でも新しい医薬品の研究開発は必須です。現在この部門では、高齢者で問題になる感染症、がん、椎間板変性そして眼疾患の治療を目指した医薬品の開発そして早期発見の難しい膵臓がんの早期診断法の開発等の研究を展開しています。いずれも医薬専業企業とは異なるアプローチでこれらの難しい研究課題に挑戦しています。

 高機能性食品研究部門では、食べ物について科学的研究を行っています。ある種の食品が体に良いという評判が立つと、その食品がスーパーマーケットの店頭から消えるということが最近ではよく起こります。ところが、それらの食品の効果に関する科学的な根拠が明らかでないことも多くあります。この研究部門では、そのような食品が実際にはどのように体に良いのかを科学的に確認する研究を開始しています。農学部や海洋学部では農畜産および水産資源の研究をこれまでもして来ましたが、人口増加に伴う食糧不足や高齢化という人類が直面している大きな問題を解決する上で、これら資源の有効活用は極めて重要です。未利用資源の活用も含め、資源の維持、育成そして活用拡大の道を研究するのもこの研究部門の重要な使命です。

 香粧品は私達の生命に直接的な関与をする物ではありませんが、私達の生活を清潔かつ衛生的に保つと共に、生活に彩りと潤いを与え、生活の質を向上させる上では大切なものです。ところが、香粧品に関する研究、特に科学的研究を行っている国内の大学の数は非常に少ないのが現状です。香粧品研究部門では、香粧品の機能と利用法に関する科学的研究に基づき、私達の生活を豊かにしてくれる新しい香粧品を研究開発することを目的にしています。現在は、悪臭を捕捉し、良い香りを放つことのできる材料・物質そして技術の開発、そして肌に優しく、効果的に効力を発揮できる美白剤の開発研究を行っています。将来的には、より広い香粧品分野の研究にも取り組みたいと考えています。

 先進生命科学研究所の前身である糖鎖科学研究所では、糖鎖科学研究の成果を医療に応用する目的で研究を行ってきました。糖鎖科学研究部門では、これまでの研究基盤の上にさらに研究を積み重ね、具体的に医療に貢献できる研究成果を出すことを目標にしています。現在は免疫に特化した研究課題に取り組んでいます。

 ——研究所の共通テーマは「QOL(命の質)」の向上とうかがっていますが、QOLの向上とは具体的にはどのようなことでしょう。

 健康で長く幸せに生きるには、食品だけでも、医薬だけでもダメです。人間のことを総合的に考えてこそQOLの向上に役立つ。私達が何のために学問をしているかというと、みんなが幸せになるためにしているわけです。今は理系の先生だけで集まっていますが、文系や芸術系の先生も一緒になって、総合的に考えてこそ初めて、人間が真に幸せになるための研究につながると私は思います。東海大には18学部もあるわけですから、総合大学としての特徴を活かして、総合的に「人を幸せにする」ことが可能だと思います。みんなが楽しく幸せで笑顔になるような研究をしていきたいと思っています。

 ——先生のご専門は分子設計とうかがっています。医薬品などの開発にどのようにかかわっているのでしょうか。

 新薬を作り出すのがどれぐらい大変かと言いますと、日本製薬工業協会のデータでは5年間で約72万8000のプロジェクトがあっても、成功するのはわずか25例。成功確率はわずか0.0034%です。時間もかかるし、お金もかかります。試算はなかなか難しいのですが、1つのプロジェクトを成功に導くには、少なくとも1000億円もの研究開発費がかかるのではないかと推定されています。

 一方で、ご存知のように製薬会社の合併が進んでいます。それがどういう意味を持つかと言いますと、合併は会社の利益向上を目指すことですので、会社は、糖尿病やがんのように先進国(経済的に豊かな国)に患者さんがたくさんいる大型商品開発にさらに注力することになります。その結果、患者さんの少ない病気(希少疾病)の治療薬の研究開発からますます遠ざかることになります。希少疾病の治療薬のことを英語では、オーファン・ドラッグ(日本語では希少疾病医薬品)と言います。これは正に「孤児になった薬」つまりは「開発から外された薬」を意味します。世界的にも、医薬品の製造者は会社ですので、会社に開発意欲のない医薬品の研究開発は誰もやらない訳です。これは実に悲しい現実です。この問題を解決する1つの方法は、大学でこれらの医薬品の研究開発を行うことです。しかし医薬品の研究開発には莫大な経費がかかるので、製薬会社と同じように大学で行うことは到底できません。ではどうするか。最大限に効率化を図りましょうということです。

 20世紀の終盤に飛躍的に発展した科学に生命科学とコンピュータ科学があります。生命科学の発展は色々の病気の詳しい分子メカニズムを解明して来ました。一方、コンピュータ科学の進展は生物体内で起こる複雑な現象のシミュレーションをも可能にして来ました。この二つの分野の科学が融合することで、医薬分子の発見を従来の生物実験だけに頼るのではなく、コンピュータ・シミュレーションで行う道が開かれて来ました。私は、コンピュータ・シミュレーションで医薬分子を発見・創製するというこの新しい分野の発展と共にこの40年近く研究生活を送って来ました。

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