人が健康で幸せに長生きするために、分野を横断して知恵の結集をめざす

先進生命科学研究所
平山令明 所長

 ——コンピューターを使って薬を作るメリットはどこにあるのでしょう。

 とにかく薬の開発がスピード・アップできるということです。コンピュータでシミュレーションしますので、たくさんの実験を行わなくて済みます。これは、大幅な研究経費の削減につながるだけでなく、実験で犠牲になる動物の命の数を最小限にすることにも非常に大きく貢献します。さらに、精密なシミュレーションに基づくことで、より高い確率で新規な医薬分子を発見・創製することを可能にします

 現在、研究・開発を進めている血栓症治療薬の開発のケースでは、224万種という膨大な化合物ライブラリーの中から、まず「薬らしい」化合物を3000拾い上げました。続いて、病気の原因になっているタンパク質(これを「標的」と言います)に結合して、その働きを抑える(つまり病気を治す)ことのできる化合物をシミュレーションで求めました。標的の働きを最も強く抑える可能性が高い95化合物の内、実際に入手することができた28化合物について実験を行いました。その結果、2つの化合物が充分な血栓溶解能を持つことが分かりました。この研究成果は、従来の方法に比較して圧倒的に高い確率で医薬品候補化合物が発見できたことを意味します。

 一つの化合物の値段を1000円と仮定すると、224万化合物全部を購入して実験を行うと、試薬代だけで22億4000万円かかることになります。この額は大学で研究をするものにとっては、気が遠くなるような数字です。でも、この研究ではコンピュータで95化合物まで絞り込みましたから、95化合物を全部買って実験したとしても9万5000円の試薬代で済みます。これなら私の研究費でも十分賄えます。この例は、コンピュータを使うことで、非常に効率的に医薬品開発が行える可能性を示しています。この研究で発見・創製された医薬品はまだ市場には出ていませんが、近い将来、多くの患者さんの病気の治療に使われるようになることを私達は期待しています。

 ——先生はどうして現在のご専門の道に進まれたのですか。

 最初は医師になりたかったのです。小さい頃、熱を出した時に、薬剤師だった母親が抗生物質を飲ませてくれました。40度ぐらいあった熱が嘘のように下がり、体が信じられないほど楽になりました。薬=医療ってすごいなあと思い、いつか治す側になりたいと思いました。

 ところが、いざ医学部を受験しようという時に、色神に異常があると言われました。私達の時代は色覚に異常があると医学部が受験できなかったんです(受験できる大学もあったようです)。医学への道を諦めても、小さい頃に感じた抗生物質に対する思いを捨てきれず、博士課程の途中で、抗生物質の研究開発をさせてくれるという条件に惹かれ、企業の研究所に勤めることにしました。色神異常はその後に誤診だったと分かり、再受験を考えたことがありました。しかし、皮肉にもその時に携わっていた研究の方がずっと魅力的に見え、そのまま薬の研究開発を行う研究者の道を通ってくることになりました。15年間、企業の研究所で研究を行ったのですが、もっと自由に薬に関する研究を発展させたいと考え、東海大学に移りました。

 ——研究中の失敗談などはありますか。

 失敗がほとんどです。実験している時は何度も失敗しています。3カ月ぐらいかけて作ったサンプルを目の前で一瞬にして壊してしまったりとか。

 イギリス留学時代のエピソードです。実験の準備をコールドルームという室温4度ほどの狭い部屋で行っていました。空調を良くするために密閉性が高くしてあるので、酸欠になるから30分以上、中で作業をするなということになっていました。ところが手がかじかんで、サンプルの調整が上手く行かない。何度も何度も何度も、作業を繰り返しました。ルールなどすっかり忘れて、私はすっかり熱中してしまって。同僚が私を探しに来て、そういえばまだ部屋から出てきていないということになりまして。どう見ても2時間ぐらいはたっているし、中で死んでいるんじゃないかと心配されたことがありました。同僚が血相変えてすごい勢いで実験室のドアを開けたものですから、こっちがびっくりしちゃって。「火事でも起こったの?」と聞いたら「生きてるか」って。そのことがきっかけで、その後、その部屋にはタイマーでブザーが鳴るようになりました(笑い)。

 ——今後の夢や課題をお聞かせください。

 薬には必ず副作用(毒性)がつきまといます。毒性がゼロの薬などありません。ところが、毒性の研究はすごく難しいんです。薬が効くというのは明るい話ですし、研究費も出ます。ですが、毒性に関する研究にはほとんど研究費が出ないんです。

 製薬会社は動物実験で毒性の試験をしていますが、人間での毒性を事前に知ることは非常に難しいのです。現実的には、残念ながらたくさんの患者さんに投与されて初めて何かおかしいということが分かることが少なくありません。そうすると市場から回収ということになり、製薬会社が悪者のように見えますが、そもそも患者さんは千差万別で、千差万別の人に等しく毒性がないなんてものはできません。既往症や遺伝的なもの、特異体質などが重なって毒性が出てしまうことはあり得るわけです。

 そこで私がいま提案しているのは、コンピュータで可能な限り毒性を予測しようということです。ただ、すごく大きな障害があります。毒性のデータはいわば影のようなもので、なかなか公開されません。開発や販売が中止になった薬のデータさえもその詳細が公開されることはほとんどありません。私はこうしたデータも人類の貴重な共有財産だと思っていますが、なかなか入手できません。データがなければシミュレーションできません。世の中ではビッグデータという言葉がもてはやされていますが、重要なデータは案外公開されていません。でも何とか、できる限りシミュレーションで毒性予測をしようと現在もがいている最中です。

 ——学生、若者へのメッセージをお願いします。

 医学部の学生には「まず専門バカになれ」とよく言います。「専門バカになってから楽しいことをやりなさい」ということですね。研究をしたいと私のところに来る学生には、まず医師免許を取るための勉強に専念しなさいと言っています。良医になるにはいろいろな知識が要るので医学部で用意されているカリキュラム(非常に優れたカリキュラムです)の勉強をまずしなさいと言っています。つまらないと感じることでも、それらの知識や考え方は先輩医師達が身をもってその大切さを感じたものですから、それらをまず学ぶことは非常に重要です。それらをしっかり学んでから、研究を開始しても決して遅くはありません。その分野が好きとか嫌いというのは、さんざん勉強してから分かるもので、まだろくに勉強していないのに、どうして選択できるの?って言っています。

 勉強しろと言っておいて、遊べというのも、二律背反ですが、若い時に旅行、それも一人での旅行を私は薦めています。日常と大きく違う状況に自分一人を置くことは、自分を見直す良い機会です。そして、できたら、いい映画、いい音楽そしていい絵など、多くの良い物あるいは本物に触れる機会を作り、それらについて自分の心で感じ、自分の頭で考えることです。若いうちにたくさんの経験をした方がいいと思います。

 最後に、ガリレオ、ニュートンやアインシュタインなどは偉大な科学者ですが、彼らの業績は数知れぬ無名の科学者や技術者が永々と誠実に行った膨大な実験や考察の結果があってはじめて為し遂げることができたものです。科学者は個人プレーをしていると思われることが多いのですが、実は科学者は昔から研究をする上で過去そして現在の非常に多くの人達に助けられています。私は、科学者はこのことを謙虚に受け止め、科学の発展に誠実に寄与すべきであることを常に意識すべきだと思います。科学をなぜするのか、色々な理由が考えられると思います。私は一言、多くの人達が幸せになるためだと思います。

東海大学 先進生命科学研究所 所長
平山 令明(ひらやま・のりあき)
1948年、茨城県出身。東海大学・特任教授。理学博士。東京工業大学大学院理学研究科・博士課程を中退し、協和発酵工業(現・協和発酵キリン)東京研究所研究員および主任研究員、ロンドン大学・インペリアル・カレッジ博士研究員、東海大学開発工学部生物工学科教授、東海大学医学部基礎医学系教授、東海大学糖鎖科学研究所所長・特任教授を経て、現職。専門はin silico創薬科学、機能性分子の設計、X線結晶学、計算機化学。

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