健康長寿社会の実現に向けて
新設の健康学部で未来を創造できる人材を育成

健康学部設置準備委員会(Project Hope) 委員長
堀真奈美 教授

 世界で最も急激な少子高齢化が進む日本。団塊の世代が後期高齢者(75歳以上)になる2025年には医療と介護の供給体制が財政的に立ちいかなくなると予想されている。そうした中、2018年4月に健康学部が誕生する。今、注目されているのが「健康長寿社会」というキーワードだ。厚生労働省の「保健医療2035」を提言した策定懇談会メンバーで、学部創設にかかわっている教養学部人間環境学科の堀真奈美教授に、健康の意味と新学部の意義について聞いた。【聞き手・兵頭和行】

 ――まず健康とは。

 一般的には体が元気であるとか病気でない状態ととらえられがちですが、体とこころはつながっています。一方で、人間らしい暮らし、社会的な環境もそれぞれとつながっています。このつながっている状態を意識して学ぶことが重要であると思います。しかし、多くの大学や学部は縦割りに専門特化していますので、身体的健康に取り組もうと思えば、身体だけにどうしても焦点が集まるでしょう。近代医学の進歩は著しいですが、専門特化することで発展してきました。最近は、縦軸ではなく横軸で総合的に見る重要性が認識されつつありますが、それでも医学的なアプローチだけですべての健康問題が解決できるかというと限界もあると思います。治らない病気もありますし、例えば老化というものは病なのかというと病ではなく、自然現象ですから。治すことよりも予防するという意味では健康学部が貢献できることは多いと思います。

 子供の貧困と健康に相関があるといわれていますが、貧困世帯は朝食の欠食率が非常に高く、それが学力にも影響しているとも言われており、間接的につながっています。つながっているものをつながった状態で学ばせたい。当然、身体的な部分だけ、メンタルだけ、社会的健康だけに専門特化するというアプローチもあるのですが、それでは本当の意味での健康を学ぶことにはならないのではないか。つなげるためにはマネジメント力が必要です。ここでいう健康マネジメントとは二つの意味があり、個人レベルで健康をマネジメントすることと、組織、地域や社会やマクロレベルの健康をマネジメントすることの両方を指しています。

 ――そのようにつながった健康を学べる場は今までなかった。

 今の日本には見当たらないのではないかと思います。栄養面から健康にアプローチする、スポーツ面からというように一学問領域かアプローチか、または看護師を養成する、理学療法士を養成するといった資格取得をメインとしたものが多く、総合的なアプローチから健康を学べるような教育体制にはなっていません。

 ――新設の健康学部では。

 専門分野をベースに周辺領域で必要なマルチスキルをもつ人をT字型人材と呼びますが、ここで学んだ学生は、身体、心理、経済、社会的な側面も含めて健康に関する知識を総合的に習得すると同時に、自分のキャリアに合わせ必要な専門を究めてほしいです。個人の健康をマネジメントできるだけでなく、地域・社会・企業と連携して、地域や組織、国までも健康にし、「健康長寿社会」の実現をサポートできる人材になってほしい。これは、高齢者自身が健康で長くいきつづけることを支援するだけでなく、これからの未来を担う若者にとっても必要なことです。

 ――「健康長寿社会」の実現に必要なことは。

 日本の平均寿命は世界1位の水準で、男性80歳、女性86.3歳なのですが、健康寿命は男性70.42歳、女性73.62歳と、結構な差があります。ただ長く生きるだけならば医学でなんとかできると思うのですが、QOLもふまえて健康で幸せに誰もが過ごせるようにするには、より多様な学問の知見を活用する必要があると思います。ここがキーワードかなと思っています。健康学部では平均寿命と健康寿命の差をなるべく縮めたい。女性は長生きで健康寿命も長いのですが、割合でみると男性の方が比較的健康な時間が長いのです。女性の方が虚弱な状態で長生きしていることを意味しますが、これにはおそらく筋肉とか、骨そしょう症とかと関係があるのかもしれません。また、認知症になるのは一人暮らしとか、コミュニケーション機会が少ない人がなりやすいといわれています。仕事ばかりで地域に人間関係を作ってこなかった人は家に引きこもってしまい、それが認知症を進める要因になるかもしれません。認知症になって救急車で運ばれたら?自分の治療についての意思決定もできないまま入院してしまうことにもなりかねません。無理な延命はしたくないと思っていても本人の意思とは関係ないまま終末期を迎えるかもしれません。医学部だと死は忌避すべきことかもしれませんが、どうすれば生まれてから亡くなるまで幸せに生きられるか、本人の自己決定や生き方、QOLも含めて考えるのが健康。そういうことを考えるには社会科学的な要素も必要でしょう。

 ――カリキュラムは。

 ベースは社会科学系になっています。社会問題の仕組みであるとか、社会保障も含む福祉系の科目をベースに学びつつ、身体的な健康増進に不可欠な運動と栄養の専門知識を学ぶことで、自分らしい学び方ができるのではないかと思っています。さらに、すべての領域で応用可能なコミュニケーション・相談援助やデータ解析などのスキルも学べます。言うのは簡単なのですが、カリキュラムを組むのは実はかなり厳しくて、おそらく他の大学がそれぞれ一つ一つで学部学科になっているのは、カリキュラムがパンパンになってしまうからなのです。ですからメンタルヘルスだけとか、食だけとか、それだけ専門特化しても相当内容があるものを全部やるというのはかなり挑戦だと思います。しかし、逆にいうと、それができていないから、総合的な健康の能力とか知識のある学生が世の中にいないのではと思っています。なので、東海大学の健康学部を出た学生は、健康、医療、福祉も含めて総合的な知識を持っていて、他の大学を出た学生とはちょっと違う、ヘルスリテラシーがあるだけでなく、マネジメント力がある、というふうな大人になってほしいと思います。教員だけでなく学生にもチャレンジ精神が求められます。

 健康学部で学ぶ「栄養」は、いわゆる何を食べればいいとか悪いとかを学ぶだけではありません。健康番組を見ますと、バナナがいいといえば次の日はバナナがスーパーからなくなります。でも人によって代謝が違い、遺伝子も違い、生活習慣も違うので、同じものを食べたとしても効果は違います。食べたものが体を通してどうなっていくのかという生化学的なところからしっかりしなければならない。何を食べるかというインプットだけではなく、それがアウトプットとしてどうなっているのか、測定評価をしっかり行います。栄養士養成ではなく、健康に必要な栄養を細胞レベルから考えるというのも特徴です。多くの方々が興味のあるアンチエイジングや美と健康についても学べます。東海大では「美容」という名のついた科目ができるのは初めてではないでしょうか。誤ったダイエットをしている人たちも多いと思います。友達との人間関係とかが契機に、摂食障害になったりする危険もありますし、運動もただすればよいわけではない。むちゃをするとかえって疲労してしまうので、そういう個人的な部分も理解しつつ、社会的なマネジメントもできる学生を養成したいと思います。

 それから、ソリューション科目群というものがあります。ヘルスリサーチなどデータ解析を学ぶ科目と相談援助やコミュニケーションを学ぶ科目があります。たとえば、健康に関係する多様な情報、データを自ら理解できるように、ウエアラブル端末を希望する学生にはつけてもらおうと思います。今日の体調はこうだから、そういう時にどうやって自分をマネジメントすればいいかとか、自分のデータを理解して生かせるようにする。一方で、データだけでは明らかにならないこともあるので、コミュニケーションスキルが必要になります。「未来の仕事はAI(人工知能)に奪われるのでは」とよくいわれますが、奪われない仕事の一つにソーシャルワーカーと呼ばれる相談援助の専門職があります。日本では、社会福祉士とか精神保健福祉士が挙げられます。精神疾患を持った方たちに対する相談援助、コミュニケーションはたしかにAIで対応できないでしょう。コミュニケーションが非常に困難な方ともきちんとコミュニケーションができるような知識、コミュニケーション能力を学べます。こうしたスキルは、ソーシャルワーカーの専門職の道に進んでもいいですし、一般の企業や地域、自分自身の生活でも生かすことができるでしょう。

 栄養系と運動系、メンタル系とソーシャルウェルネス。1年次には全領域を学ぶようになっていて、2年次以降からより専門的なものを選ぶ形になっています。

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