超薄ナノシートの新たな活用法を開発
生体組織を鮮明に画像化する「イメージング技術」に貢献

工学部応用化学科、マイクロ・ナノ研究開発センター
岡村陽介 准教授

 厚さが紙の1000分の1しかなく、貼ったらほとんど目に見えないほどの超薄膜(ナノシート)。接着性があり、外科手術の縫合の代わりや、人体への負担が少ない薬剤の塗布に実用化されつつある最先端の技術だ。東海大学マイクロ・ナノ研究開発センターの岡村陽介准教授は、ナノシートの新たな活用法として、共焦点顕微鏡などを使って、脳の神経細胞や内臓のタンパク質の画像を解析する際、観察対象の組織片をナノシートでラッピングする手法を開発した。岡村准教授に研究について聞いた。【聞き手・岡礼子】

 ――ナノシートとはどのようなものですか。

 極めて薄い膜のことで、厚みは20ナノメートルほどです。1ナノメートルは10億分の1メートル、普通紙は約10マイクロメートル(1マイクロメートルは1000ナノメートル)です。あまりにも薄く、接着性が高いので、ピンセットでつまむと、くしゃくしゃと縮れてしまいます。

 単体では扱いが難しいので、ティーパックなどに使われている不織布の上に貼り付けて乾燥する方法を工夫しました。こうすると長期間保存できます。使う時は、水を少しつけて、ナノシートの側を接着したい面に当て、不織布をはがします。「タトゥーシール」をはるようなイメージです。貼ってしまうとほとんど目に見えません。

 普通紙を机や皮膚に貼り付けるには接着剤が必要ですが、厚みが100ナノメートルを下回ると、乗せただけでピタリと貼り付きます。薄くて柔らかいので、皮膚の表面の細かい凹凸に沿う形で接着するのです。私たちは時々、ナノシートのサンプルを自分の腕などに貼ってみることがありますが、異物感はありません。そのまま忘れて帰宅した後、風呂に入って「あ、そう言えば」と気づくこともあります。

◇脳を立体的に観察する「イメージング」技術

 ――顕微鏡で観察するサンプルをナノシートでラッピングするという着想はどのように得たのでしょうか。

 東海大学に着任する前、ドイツに3年間留学していました。その時、指導を受けた教授が、顕微鏡を使った研究の大家で、脳や血液由来の細胞を画像化して分析するノウハウを学びました。

 顕微鏡は長い歴史があり、近年は、三次元情報を画像化できる共焦点顕微鏡など、進化が著しい機器です。厚みがある脳の組織片から、神経細胞の構造を観察することも可能になりました。こういった「イメージング技術」によって、これまでは見えなかったものが可視化され、生体の組織をリアルタイムで観察できるようになってきました。

 しかし、大幅に技術が進んだ顕微鏡というハードに対して、ソフトにあたる観察サンプルの作り方は、昔ながらの手法でほとんど変わっていません。ガラス基板の上に組織片を置き、乾燥を防ぐために水を少し垂らして、ガラス基板をかぶせたり、寒天由来のゲルで包んだりする簡便な方法です。

 ――理科の授業で顕微鏡を使う時のような方法ですね。

 基本はほとんど変わりません。水が多すぎると、組織や細胞が動いて、ぶれてしまいますし、少なすぎると乾燥します。組織がつぶれてしまうこともあります。例えば、脳神経の研究者は、神経細胞がどのようにつながっているか、三次元的な構造を知りたいのです。組織片がつぶれてしまうと、神経の構造を観察することはできません。

 サンプルの作り方はこれまで、研究者の経験に頼っていたので、誰でも同じ状態で観察することができませんでした。これは、ナノシートで解決できるのではないかと考えました。ガラス基板の上にサンプルを乗せるところまでは同じですが、そのままナノシートで覆ってしまえば、サンプルが動いたりつぶれたりすることは防げます。シートに保水効果を持たせることができれば、乾燥もしない。これまでに作ったナノシートは、水が透過する素材だったので、水が抜けない素材を探しました。

◇光を吸収せず、屈折率は水と同じ

 ――水が抜けない素材とは。

 撥水(はっすい)性です。水をはじく素材なら、水を通さないわけですから、内側に包んだものは乾燥しないだろうと考えました。台所用品のラップ製品は、においも水分も通さず、乾燥を防ぎますよね。それをナノスケールにするようなイメージです。例えば、「焦げ付きにくいフライパン」のコーティング材として知られるテフロンという素材は、水も油もはじきます。テフロンのような素材でシートを作ってサンプルを包めば、内側の水分は抜けません。

 今回使ったのは「サイトップ」(旭硝子社の製品名)という撥水性の溶液です。テフロンは、撥水性があるだけでなく、どんな溶剤にも溶けない「耐溶剤性」という性質を持っています。良い性質なのですが、私たちはナノシートを作る際、液状にしてから薄く広げる方法を確立していたので、何らかの溶剤に溶ける素材が必要でした。

 そこで探し出したのがサイトップで、非常におもしろい素材でした。テフロンと同じような撥水性があり、ある溶媒に溶ける性質を持っていたのです。これならナノシートを作れるはずだと思って、試したところ、うまくいきました。

 ――予想通りだったのですね。

 実は、予想以上でした。サイトップは可視光、顕微鏡で使う光を吸収しない素材です。ですから本当に透明なのです。しかも、実験を始めてから分かったのですが、光を通す時の屈折率が水とほぼ同じでした。

 顕微鏡で観察するサンプルは、水に浸したような状態のこともあります。ナノシートの屈折率が水と違うと、包んだサンプルは二重にゆがんで見えることになります。撥水性だけなら、いろいろと素材はあるのですが、溶媒に溶けて、可視光を吸収せず、さらに屈折率が水と同じという性質を持っている素材は、なかなかありません。

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