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ユニバーサルスポーツ特集

リオの頂点へ進み続ける 金メダルに一番近い2人のアスリート

男子100メートル自由形でリオデジャネイロ・パラリンピックの派遣標準記録を突破し天を仰ぐ木村=徳野仁子撮影

 9月7日に開幕するリオデジャネイロ・パラリンピックで、金メダルに近いとされる2人の視覚障害選手がいる。競泳男子の木村敬一(25)=東京ガス=と、マラソン女子の道下美里(39)=JBMA(日本盲人マラソン協会)=だ。大舞台に立つまで半年を切った今、何を思うのか。頂点への道のりをたどった。【岩壁峻】

    木村敬一選手(競泳男子・視覚障害)「第一人者の自負を胸に」

     「開幕半年前だろうと3カ月前だろうと、『リオで金メダルを取りたい』という思いはいつだって変わらない」。決然とした表情を見せたと思ったら、「基本、自分に自信がないので」と苦笑い。機知に富んだメディアとの受け答えからは余裕もうかがわせる。

     昨年の世界選手権では100メートル平泳ぎとバタフライで2冠を達成。パラリンピック競泳代表をいち早く内定させ、リオの主役候補としての期待が一気に高まった。余裕を持った立場で出た6日のリオ代表選考会(静岡県富士市)でも出場3種目すべてを制し、100メートルバタフライではアジア記録、同自由形では日本記録を打ち立て、調整の順調ぶりをアピールした。特に自由形は目標としていた「1分切り」を初めて果たす59秒56。有言実行の結果に「一つの区切りだった。冬の練習の成果を出せて良かった」と自信を深めた。

     今冬、特に意識したのは食生活。「野菜は嫌いなんですよね」と偏食に悩みつつ、食べる量を増やすだけでなく糖質を多く取ってエネルギー源を蓄えた。母校の日大文理学部の教授で、現在はコーチを務める野口智博さんは「(視力がないことで)コースの右に行ったり左に行ったりと健常者よりも泳ぐ距離は多いし、コースにぶつかってからもう一度加速するので体力を多く消費する」と、「食」のトレーニングの必要性を説く。

     2008年北京から3大会連続出場となるパラリンピック。12年ロンドンでは100メートル平泳ぎで銀メダル、バタフライでは銅メダルを獲得した。前回までは学生だったが、今回は社会人として初めて大舞台に臨む。遠征の旅費などで会社の支援を得られるようになったのは大きい。だからこそ「結果を残さないとという責任、こだわりも増した」と気を引き締めてもいる。

     滋賀県栗東市出身。先天性の網膜の病気で、2歳で視力を失った。10歳で泳ぎ始めると、中学から上京して進学した筑波大付属視覚特別支援学校で猛練習を積んだ。「見えた時を覚えていないので、工夫するというよりは自分が普段生活している通りに練習に取り組むだけ」と淡々としたものだが、野口さんは「技術をモノにする時には自分の体の感覚が重要になってくる」と語る。使える「感覚」を研ぎ澄ませ、好記録をたたき出している。

     国内の第一人者という評価に疑いはない。世界選手権で頂点に立った100メートル平泳ぎ、バタフライだけでなく、50メートル自由形など「リオでは5種目出場を目指す。全部でメダルを取らせたい」と野口さんは力を込める。木村自身も思いは同じだ。

     結果を残し続けたことで、現在の地位を築いた自負もある。その一方で障害者スポーツにおいては「『強くなったから支援をする』のではなく、『支援をするから強くなれる』という体制が必要」とも感じる。頭に浮かぶのは、若手の台頭だ。もちろん、実力を伸ばすことが大前提ではある。木村を除きリオの派遣標準記録を突破した5人は、全員がパラリンピック経験者。自らを脅かすような次世代の選手の台頭を求めてもいる。

    道下美里選手(マラソン女子・視覚障害)「笑顔の初代女王」狙う

    別府大分毎日マラソンの視覚障害者の部女子で優勝した道下(中央)=矢頭智剛撮影影

     ロシア選手が2時間58分23秒の世界記録をたたき出した昨年4月のロンドン・マラソンで3位に食い込み、日本盲人マラソン協会が定めるリオ代表の推薦順位1位に決定した。自己ベストは、14年に記録した2時間59分21秒。世界の頂点を狙える時期に視覚障害者マラソン女子がパラリンピックの正式種目になり、「すごいチャンスだと思う」と初代女王の座に意欲を見せる。

     記録を伸ばすための試行錯誤を直前まで続けている。2月の別府大分毎日マラソンでは従来のピッチ走法のフォームをやや大振りにし、栄養補給のタイミングも変えた。「途中までは体がよく動いていた」。思い切った決断が奏功したと思ったが、終盤で突如失速。他の選手との実力差もあったためレースは終始独走したが、3時間3分42秒でのフィニッシュは目標としていた2時間55分台にはほど遠い成績だった。

     レース直後は「何が悪かったのか見つかっていない」と戸惑いを隠せなかったが、現在は体の可動域を広げるダイナミックなフォームに耐えうる筋力をつける必要性に気づかされ、トレーニングを続ける。別大マラソンで解説を務めた元五輪代表の増田明美さんからは、過去にレース解説をした選手の例を挙げられて栄養補給のタイミングのアドバイスを受けた。「私の走りを見て、一緒に(失速の原因を)考えてくれた」。トップ選手として周囲に認知されたことは大きいと感じる。

     「持久走大会ではビリだった」と振り返るように、幼少期から運動は得意ではなかった。アスリートとしての原点は、負けず嫌いなところだ。もともと弱視だったが、中学2年で右目、25歳で左目の視力もほぼ失った。母親の勧めで通った盲学校での体育の授業をきっかけにランニングをするようになった。学校の行事で行われた体育大会で出場したのは800メートル。50代の女性に敗れたことで、「次は抜こう」と陸上に打ち込むことになった。

     当初は中距離の選手だったが、思うように記録が伸びず08年にマラソンに転向し、才能が開花した。「諦めずに走り続けてきたから、大きな舞台に挑戦できるところまで来た」。中距離時代からあこがれてきたパラリンピックへの出場がほぼ決まったことに感慨も深い。

     「スマイル走法」と自ら名付けるように、トレードマークは笑顔だ。障害を持っていることで暗いと思われないため、「笑顔でいよう」と努めていたが、続けているうちに自然と表情が緩むようになったという。現在は市民ランナーのチームで練習をする。「目が不自由な人との接し方も(チームのメンバーが)自然と分かってくれるようになった」

     仲間が増えるにつれ、マラソンコースが「笑顔でいられる場所」へと変わった。

     かつて中距離選手だった時に世界選手権でブラジルを訪れたことが生きるのではないか、と思う。「当時の気候は冬で、日差しが強かった印象がある」。今回も同様の状況が予想されることから、好記録を狙うよりも良い順位のままレースを展開することを重要視している。もちろんフィニッシュテープを最初に切る姿しかイメージしていない。【岩壁峻】

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