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Good Coach 2020への歩み:体操界導くリーダー 水鳥寿思 男子強化本部長

リオデジャネイロ五輪前の日本代表強化合宿で、選手に言葉をかける水鳥寿思氏=東京都北区の味の素ナショナルトレーニングセンターで2016年6月10日、竹内紀臣撮影

月刊東京五輪

体操界導くリーダー 水鳥寿思 男子強化本部長

 最近のスポーツ界は指導者によるパワーハラスメントが相次いで表面化し、指導のあり方が問われている。月刊東京五輪では、新シリーズ「Good Coach 2020への歩み」を随時掲載し、指導者が大切にしている理念、強化のポイントなどを紹介する。初回は、2004年アテネ五輪体操男子団体総合金メダルメンバーで、16年リオデジャネイロ五輪は監督としてチームを12年ぶりの男子団体金メダルへ導いた日本体操協会の水鳥寿思・男子強化本部長(37)。伝統競技を引っ張るリーダーとして、選手選考方法を改革した狙いなどを聞いた。【構成・円谷美晶】

    代表選考 今も試行錯誤

    日本代表の選手選考方法を改革した日本体操協会の水鳥寿思・男子強化本部長=東京都北区のナショナルトレーニングセンターで2018年7月9日、藤井太郎撮影

     日本には、「6種目やってこそ体操」という伝統的な考え方があります。でも、これからは6種目をまんべんなくやるよりも、ある程度は得意種目に特化するようにしなければ、世界で通用しなくなります。東京五輪が開催される20年を見据え、何をすべきかを議論した結果、選考方法を変えていくことにしました。

     私自身の経験で言えば、12年ロンドン五輪の代表選考では、まず個人総合で12位以内に入らないといけませんでした。当時、私は左腕の上腕二頭筋を断裂してしまい、つり輪で高得点を挙げるのが厳しい状況でした。床運動と鉄棒で勝負したかったのですが、個人総合で12位以内に入るため、つり輪の練習にも時間を割かなければいけませんでした。五輪本番では生かされない種目の強化は大変でした。

     当時の選考方法を否定はしません。ただ、例えば、白井健三選手は今でこそ実力を高めて個人総合で活躍していますが、床運動のスペシャリストだった頃は、「6種目の縛り」では代表に入ることは難しかったでしょう。特定の種目に秀でたスペシャリストもチームにとって重要な存在になり得ます。そういう選手がしっかり活躍できる形を作る必要があると感じました。

     では、どんな選考方法がいいのか。今も試行錯誤を続けています。去年の世界選手権は大会直前に最もいい選手を選ぼうと考え、代表をすぐに決めず、「候補」のままにし、合宿の結果などを踏まえて決めました。今年はまず、全日本個人総合選手権とNHK杯の結果で、内村航平選手と白井選手の2人を代表に選出しました。その後、2人と組んだ時にチームとして一番点数が伸びるのは誰なのかを考慮し、残りの3人を選びました。より安定的に結果を残せる選手を導き出そうと、全日本個人総合など3大会の予選・決勝計5試合のうち、高得点を出した3試合の平均得点で選考しました。

    水鳥氏が男子強化本部長に就任後の日本男子の主な成績

     リオ五輪までは、団体で金メダルをとることが唯一無二の課題でした。それを達成し、東京五輪ではプラスアルファのメダルをいくつ取れるかを期待されています。団体で勝てるチームを作りながら、種目別でもメダルをとれる選手を選考し、同時に(演技の)安定性も導き出す。選考基準の設定は難しく、複雑になった要因でもあります。

     先日、アジア大会代表選考のポイント計算で人為的なミスが生じ、代表選手が入れ替わる事態が起きました。選手や関係者の皆さまにご迷惑をおかけしたことを非常に申し訳なく思っています。この件を重く受け止め、協会全体で対策を考えます。再発防止だけではなく、選手が選考の意図をどこまで理解し、それに沿った形で代表を目指していけるか。「これなら自分が代表に入れるかもしれない」という選手の意欲と、我々の目的をいかに一致させるか。意思の疎通も、さらに密に行っていかなくてはなりません。

     東京五輪では、できるだけ早く選考方法を通達し、選手自身がどの部分を、どう伸ばすべきかをはっきりと理解し、計画を立ててレベルアップに専念できる環境を作る。これが今の私にとって最も重要な役割です。

    Good Point 一番大切なのは選手

     指導者として特に気をつけているのは、客観的に考えること。一歩引いた視点で、何が必要かを点検することです。今までのやり方の延長でいいのか、変えた方がいいのか、常に考えています。私には所属チームの選手がいないので、フラットな視点から何をすべきか見極められる点は、メリットかもしれません。何かを変える時、伝統的な方法でやってきた人たちに受け入れてもらうため、どう提案すべきか。コミュニケーション力、説得力が求められます。

     自分が良かれと思っていることが、実は選手のためではなくなっている可能性もあります。選手がどう感じているか、どうすれば競技力が向上するのか。常にそこに立ち戻って考えること。そのために私自身の「こうしたい」という思いを消さなければいけない時もあるでしょう。

     私たち指導者は、何を一番大切にしなければいけないのか。それは選手です。


     みずとり・ひさし 静岡県出身。両親ともに体操選手で、クラブを経営する体操一家で育つ。岡山・関西高、日体大を経て徳洲会で活躍。2004年アテネ五輪では団体金メダル獲得に貢献。世界選手権は05年に個人総合銀メダル、07年に同銅メダル。07年は種目別の床運動、鉄棒でも3位。12年ロンドン五輪代表最終選考会後に引退し、同年12月に史上最年少の32歳で日本体操協会の男子強化本部長・代表監督に抜てきされた。


    「基準の客観性 不可欠」方法巡り過去に物議

    2004年アテネ五輪の団体で金メダルを獲得し、表彰式で笑顔で手を振る水鳥寿思(左から2人目)ら=屋内ホールで2004年8月17日午前0時2分、野田武写す

     日本代表の選考方法を巡っては、過去に物議を醸すケースもあった。選考の透明化は普及や強化につながる側面もあり、2年後の東京五輪に向け、各競技団体は見直しを進めている。

     最近では女子レスリングが、第三者機関から選考方法が不透明と指摘されたことを受け、世界選手権の代表選考試合を兼ねた全日本選手権、全日本選抜選手権の優勝者が異なる場合は、男子と同様にプレーオフを導入した。これまで強化委員会に一任されていたが、公平性を高めた。

     他競技でも、改善の動きが進んでいる。2013年には全日本柔道連盟が日本オリンピック委員会(JOC)から五輪や国際大会の代表選考基準の明確化を勧告され、リオデジャネイロ五輪の代表選考会議を報道陣に公開した。

     また、過去に選考結果が論議を呼んだマラソンでは、日本陸上競技連盟が東京五輪では選考方法を変更。17、18年度の指定大会で一定の成績を収めた選手が「一発選考」となる来年9月15日の代表選考会に出場し、上位に入った男女各2選手が代表となる。

     競泳は世界ランキングを基にした「派遣標準記録」を切って選考会で2位以内に入れば代表に内定する。00年シドニー五輪の競泳女子自由形代表から落選した千葉すず氏が「基準が不透明」としてスポーツ仲裁裁判所(CAS)に提訴したことを機に明確化を進めた。

     団体競技であるサッカーや野球などは、監督の裁量に負う部分も多く、結果も監督が問われる感が強い。

     日本スポーツ仲裁機構で仲裁調停専門員を務める杉山翔一弁護士は、「選考方法は競技の特性ごとに変わるが、大切なのはそれを事前に公表することや、基準が客観的であること。基準を明確にすることは競技力の向上にもつながる」と指摘する。

    日本代表の選手選考方法を改革した日本体操協会の水鳥寿思・男子強化本部長=東京都北区のナショナルトレーニングセンターで2018年7月9日、藤井太郎撮影