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東京パラリンピック点描・2018夏/中 友の導き、パラ転向 「共生」経験、決意後押し

パラ競泳に転向した辻内彩野選手(左)。親友の森下友紀選手と共に2020年東京パラリンピックを目指している=東京都豊島区で2018年7月26日、藤井達也撮影

 パラ競泳のパンパシフィック選手権(8月、オーストラリア)で5個のメダルを獲得した辻内彩野選手(21)は、かつて健常者として全国高校総体にも出場した実力者だ。パラスポーツへの「転向」を後押ししたのは、親友の誘いだった。

     高校卒業を間近に控えた3年前の春。千葉・昭和学院高水泳部のチームメート、森下友紀選手(21)とカラオケ店に行った。森下選手は生まれつき左腕の肘から先がないが、競泳大会では健常者と互角以上に渡り合っていた。

     その頃、目が見えにくくなっていた辻内選手は、リモコンのタッチパネルに表示される歌詞に顔を近づけながら熱唱していた。それを見た森下選手が冗談交じりに声をかけた。「視覚障害になったら、パラにおいでよ」。ほどなく病院で診察を受けた辻内選手は、視力が徐々に低下する難病「黄斑ジストロフィー」と診断された。

     その後、森下選手は2016年のリオデジャネイロ・パラリンピックに出場。その姿に触発された辻内選手は大会後、携帯電話の無料通信アプリ「LINE(ライン)」で、森下選手にメッセージを送った。

     「(障害者)手帳 取ったよ」

     「どうする? (パラ競泳を)やる?」

     パラ競泳のトップ選手である親友からの誘い。辻内選手は「とにかくレースに出てみたかった」と転向を決断した。

     昨年6月、関東選手権でパラ競泳にデビュー。3カ月後には、視覚障害で最も程度の軽い「S13」クラスの3種目で日本新記録を樹立した。今年3月には日本代表入りし、一気にパラ競泳の国内トップ級に仲間入りした。

     辻内選手が障害を比較的早く受け入れられた理由について、母の信子さん(49)は、子どもの頃の教育環境と森下選手の存在を挙げる。通っていた小学校の学童保育には、知的障害者がいた。3、4年生時のクラスには、車いすで学ぶ同級生もいた。「みんなで車いすを押すなど、障害があっても分け隔てなく過ごしていたようです」と信子さん。

     そして高校で出会った森下選手はパラリンピックで世界の強豪に挑み、競技の魅力を教えてくれた。視覚障害がありながら競泳に取り組む仲間も、紹介してくれた。辻内選手は「正直、障害者に持っている唯一の偏見は『暗い』というイメージでした。でも、競技で接する人は面白い人ばかり」と笑った。【飯山太郎】

    身近に障害者 理解進む世代

     辻内選手と森下選手が小学校へ入学する前年の2002年、障害児の小中学校への就学基準が約40年ぶりに緩和され、障害があっても設備などが整っていれば普通校への通学が認められた。いわば幼少期から比較的身近に障害者のいた世代だ。

     日本身体障がい者水泳連盟の桜井誠一常務理事は「障害者が身近にいると障害への理解が進みやすい」とし、障害者と健常者の接点が増え、中途障害者がスムーズに障害を受容できる社会を望む。

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