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毎日新聞

姉妹で東京五輪出場を目指すスケートボード世界女王の西村碧莉(左)と姉の詞音=東京都内で2019年2月20日午後0時44分、田原和宏撮影

Passion

スケートボード・西村碧莉と詞音 姉妹だから乗り越えられた試練

 2020年東京五輪で初採用されるスケートボードで、互いに支え合いながら出場を目指す姉妹がいる。1月の世界選手権(リオデジャネイロ)で優勝し、五輪の金メダル候補に躍り出た西村碧莉(あおり)(17)と、長いリハビリを乗り越えて2月に約3年ぶりに実戦復帰した姉の詞音(ことね)(20)=ともに木下グループ。2人は「互いの存在があるから頑張れる」と口をそろえる。

     碧莉は7歳の時、詞音と共に競技を始めた。きっかけは自宅にあった父哲雄さん(43)が使っていた昔のボード。「やってみる?」と散歩に誘われ、夢中になった。哲雄さんは「碧莉たちは命懸けで遊んでいた」と振り返る。

     碧莉が得意とするのは、レールと呼ばれる手すりを使ったトリックだ。「怖くてもレールに突っ込める女の子になりたい」と碧莉が目標にしたのが、「(私は)根性だけでここまで来た」と笑う詞音だ。積極果敢に難しい技に挑む姉の背中を碧莉はいつも追い掛けてきた。

     切磋琢磨(せっさたくま)する姉妹に大きな変化が訪れたのは3年前だ。詞音が左膝を痛めて手術せざるを得なくなったのに対し、碧莉は世界最高峰の「ストリートリーグ(SLS)」に初出場し、頂点への階段を上り始めた。碧莉は翌17年には、北米の賞金大会「Xゲーム」のストリート種目で日本人初の優勝を遂げた。

     明暗が分かれたが、2人の関係は変わらなかった。詞音はリハビリの傍ら、碧莉を全力で応援した。海外の試合に同行することもあった。碧莉もその期待に結果で応えた。

     そんな碧莉にも試練が訪れた。17年10月、けがで左膝前十字靱帯(じんたい)を断裂し、姉と同じく手術せざるを得なくなった。そんな苦しい時期を支えてくれたのも姉だった。「姉も一緒にリハビリしていて、すごく心強かった。私は独りじゃなかった」

     碧莉が先に復帰し、今年1月の世界選手権で優勝すると、2月の日本オープン選手権では約3年ぶりに詞音が実戦に臨んだ。結果は5位だったが、トリックを決めると晴れやかに両手を突き上げた。会場に応援に訪れた碧莉と共に復帰を喜び合い、「もっと練習したい」と意欲をのぞかせていた。

     「姉妹で競技をやっているのがよかった。碧莉にとっても、詞音にとっても」と哲雄さん。東京五輪の会場でも、きっと姉妹の雄姿に目を細めているだろう。【田原和宏】

    田原和宏

    毎日新聞東京本社運動部。1972年、奈良県生まれ。教職などを経て2001年入社。06年からスポーツ取材に関わり、福岡、大阪勤務を経て13年から現職。16年リオデジャネイロ五輪では体操、卓球などを担当。東京五輪取材班キャップ。スポーツクライミングなど新競技にも注目する。職業病なのか、「おかしいやろ」が口癖。