
50歳というのは、いかなる年齢か。かの孔子さまは、論語で「私は天命を知った」と申され、信長が好んだと伝わる幸若舞の敦盛は「人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻のごとくなり」と謡う。エライお方は、腹据わり、静寂の心境に達する年齢であるということなのだろう。さて、ひるがえって私。50歳にして初めて東京に出て、地下鉄にも仕事にも迷うことばかり。生まれは京都市の西隣り亀岡市、大学も京都の某私大で、新聞記者になってからも関西を行ったり来たり。もちろん、東海道中膝栗毛の時代10日以上かかった上方―江戸は今や2時間余りの時代なのだから何度も出張で往復はしております。しかしながら、ヤサを構えて暮らすとなると、ちと具合は異なる。出くわした「?」「!」などを交えながら、ア~でもない、コ~でもないの雑文をば書き留めます。名づけて「東西と~ざい」。

東アジアに読書共同体を作ろうという民間の国際プロジェクトが動き出した。編集者らが組織する「東アジア出版人会議」(金彦鍋会長)が韓国・全州市での大会で発表した「東アジアの100冊」がその第一歩。日本、中国、韓国、台湾、香港の五つの国・地域の編集者らが人文書を選び、来春にはそれぞれの国・地域で解説書を出版、その先の翻訳へとつなげる。大会の模様をリポートする。【佐藤由紀、写真も】
流線型の先頭部は、まるで超音速旅客機コンコルド。白地に青帯が多数派の新幹線の中で、97年に登場したJR西日本の500系は異色の存在だ。カワセミが水に飛び込む姿に着想したというデザインは根強い人気を誇るが、使い勝手は悪いそうで、来年2月末で「のぞみ」から引退が決まった。今月10日からは1日1往復になり、雄姿をカメラに収めたい「撮り鉄」が、沿線でしのぎを削る。

前回、東京の消えた野球場から3カ所(もっとも一つは計画だけで消えたが)ピックアップして紹介したところ、「ぜひ東京スタジアムも」との声があり、早速晴天の日曜日、都電荒川線に乗って行った。その下町の風景が何やら華やぐ感じがしたのは小春日和のせいばかりではない。親に手を引かれた七五三の子供たち。このほのぼのしたアットホームな雰囲気が「夢の球場」「光の球場」と呼ばれた東京スタジアムによく似合ったらしい。

かつてバルビゾン派と呼ばれた画家たちが、田園や農牧の風景をこぞって描いたのは、産業革命後の工業化によって都市が急速な膨張を遂げつつあるころであった。あたかも敬虔(けいけん)な自然や静穏な日常が、都市から吹き寄せる喧騒(けんそう)の波風によってかき消される前に、それを描きとどめておこうとしたかのように。

渡辺謙が主演した映画「沈まぬ太陽」が全国公開中だ。原作は山崎豊子のベストセラー小説。過酷な状況に追い込まれても決して屈しない企業人、恩地元を演じた渡辺は「今の時代だからこそ、社会的に意味のある作品になった」と語る。【鈴木隆】

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