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小説へのいざない:奇想の系譜 最高権力者が影武者だったら

2009年10月28日

ryuu.jpg 『隆慶一郎全集』(全19巻・新潮社、1680~1890円)の刊行が始まった。網野善彦らの歴史学の成果を大胆に取り込み、「道々(みちみち)の輩(ともがら)」と呼ぶ漂泊民・非定住民(海民、山民、旅芸人、職人、遊女、勝負師、説経師など)の存在を重視して、歴史小説に新風を吹き込んだ隆慶一郎(1923~89)が小説家として活躍したのは実質約5年間のことだ。この間に数々の魅力的な作品を遺(のこ)した。

 没後20年を機に企画された今回の全集は、大きな活字と余裕のあるページ建てで、とても読みやすい。値段も抑えられ、隆作品がさらに新しい読者を獲得するきっかけになりそうだ。

 第1巻に収められた作品はデビュー作の『吉原御免状』。主人公は宮本武蔵の弟子の青年剣士だ。肥後の山中から出てきた彼が訪ねる江戸・吉原遊郭は、「道々の輩」たちの自由の牙城として描かれている。

 主人公を通して、読者も吉原へ案内される。遊里の濃密な空気と息詰まる剣戟(けんげき)シーンを味わいながら読み進むと、次から次に斬新な奇想に出くわし、歴史を読み替える面白さに誘われる。物語のうねりに身を任せるうちに、世界が違って見えてくるのだ。

 僧・天海の正体にもびっくりするが、徳川家康は実は関ケ原の戦いで本格的な戦闘が開始される直前に死んでいて、その後は影武者だった男が「家康」を演じていたという設定に驚かされる。そして、この影武者だった男は「道々の輩」だったというのだ。

 司馬遼太郎の作品を読めばわかるように、権力者の内面を考えることは、その時代を解釈することにつながる。最高権力者が影武者だったら、彼の内面には何があり、どんな力が時代を動かしていたのだろうか。隆はさらに『影武者徳川家康』(全集では2~5巻に収録)でこの設定を全面的に展開している。

     ◇

 奇想の系譜を受け継ぐように、思い切った発想から新しい歴史小説が書かれた。荒山徹さんの長編『徳川家康 トクチョンカガン』(上・下、実業之日本社・各1575円)だ。

 荒山作品においても、徳川家康は関ケ原の戦いの日に死んでしまう。影武者が2代将軍・秀忠や側近の本多正信らの了解のもと、「家康」になりすまして表向きは指揮を取っている。ところが、タイトルが示している通り、この影武者は朝鮮半島からきていたというのだ。

 「家康」を演じる主人公の元信(ウォンシン)は両班(ヤンバン)(貴族官僚階級)の庶子として生まれ、遍歴を経て僧侶になった。豊臣秀吉による朝鮮侵略に抗して武器を取ったが、藤堂高虎軍に捕らえられ、家康に引き渡された。

 元信は、自国を踏みにじった秀吉とその一族に恨みを抱いており、「家康」として得た権力を使って彼らを滅ぼそうとする。一方、秀忠はコントロールの利かなくなった「父親」に手を焼きながら、大坂方と和平を結ぼうとする。さらに、真田幸村は華々しい死に場所を求めている。3者いずれもが忍者を使っており、歴史の水面下で、すさまじい争いが繰り広げられる。

 荒山さんは1961年生まれ。ハングルの史料の読める書き手として頭角を現し、デビュー10年になる。今作では、東アジア全体を視野に入れ、複眼的な視点で歴史を見据える姿勢がよく生かされている。そこから生まれる日本人論や徳川幕府論も興味深いし、秀吉が朝鮮半島に対してしたことも、立体的に浮かび上がってくる。【重里徹也】

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