インタビュー

人生は夕方から楽しくなる:「あとオペラを6、7曲」 三枝成彰さん

2009年11月23日

 「こっち、こっち!」。いたずら坊主の顔して三枝成彰さん(67)、迷路みたいな路地の抜け道をするーり、するり。雨のそぼ降る新宿は思い出横丁、戦後闇市のにおいそのまま、ざっと80もの焼き鳥屋、定食屋が軒を連ねる。

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 で、腰を下ろしたのはモツ煮込みの「ささもと」。のれんも看板もない。年季の入った大鍋と常連たちの幸せ顔で老舗とわかる。「20年くらいかなあ、通って。僕はまだ新参者ですよ。この間、フランスに行って三つ星レストランで食べたんだけど、まずいね。ここは星なんかなくても、ホルモンは新鮮で、味は天下一品。ヨーロッパからのお客さんも目をぐるぐる回して感激する」。うまそうな湯気の向こうで目を細めた。

 ナイフとフォークの人だと思っていた。高級ワインの人だと思っていた。傍らに絶世の美女がいて。が、過日、そんな作曲家をひょんなところでお見かけした。渋谷・のんべい横丁の名物ママをしのぶ会、ひとしきりママを懐かしんで、ぶちあげた。「横丁は世界遺産だ!」。へーと驚いた。「まるで趣味がないんですよ、僕。ゴルフもマージャンもやらない。大嫌い。ぽつんと取り残された昭和の横丁で飲むのが好きでね。ビルになっちゃ困るんだよなあ」

 くしに刺したスタイルのモツ煮込みをほおばり、焼酎をあおる。「ここ3杯までがルールですから。ほら見て、あそこ。伝声管っていって、2階にある厨房(ちゅうぼう)に注文してるんだ」。しばらくして運ばれてきたのは豚のレバー、コブクロ、それに牛のサガリ。すべて刺し身。サガリ? 「しゃっくり、しゃっくり。横隔膜」。かつて作家の島田雅彦さんを連れてきた。風邪気味で食欲がないとかでモツ刺しのたぐいを遠慮するや、一喝した。「腰抜け!ってね。アハハハ」

 裸電球の下でなんとも楽しげ。革のスーツ、シャツは第2ボタンまで外して。この1年で10キロ減量した。「血圧が下がり、尿酸値もパス。いいことずくめ。僕、枯れたりするの嫌いなんですよ。ずっとずっと現役でいたい。横丁にはエネルギーがあふれてる。働いて、働いて、戦後日本の頑張るサラリーマンたちを支えてきたんだからね。そしてこの大鍋、苦しさ、悲しみまで煮込まれてる。すごいよ」。あめ色になった壁をなでた。

 趣味なし人間とはいえ、そのパワフルでマルチな活躍は目を見張る。そのひとつ、団長として「六本木男声合唱団倶楽部」を率いて10年になった。多彩なメンバーには鳩山由紀夫首相もいる。「20人でスタートして気づけば200人の大所帯。あろうことか音楽の聖地・ウィーンでも公演しました。よく働き、よく遊べ。鳩山さん、さすがに忙しくて、この秋の公演は無理でしたが、まったく新しい政治へのチャレンジですから。長い目で見てあげないとね」

 ひんやり冷たい雨が続いている。でもカウンターで席を譲りあい飲んでいると、体も心もぽかぽかしてくる。焼酎は3杯目。有名人だからといって特別扱いはなし。「隣同士、友達になれるのがうれしいね」。赤ちょうちんのハーモニーが心地よさそう。ご主人が言った。「トイレ、きれいになったんですよ」。それを聞き、いたずら坊主、またまた迷路みたいな路地をすり抜け、トイレへ急ぐ。「へえー、ホテル並みだ。まあ、きれいなほうがいいけどさ、これも時の流れなのかなあ」

 しみじみ夕暮れのタイプじゃない。煮込みでエネルギーを満タンにして、もうひと踏ん張り、ふた踏ん張り。男の色気もぷんぷん。いったい、どこまで踏ん張るおつもり?

 「83歳までは生きますよ。あとオペラを6、7曲は書きたいしね。それを計算すると83歳になる。いや、85歳かな。豊かになった日本が凋落(ちょうらく)してきたでしょ。復活するには、みんなもうひと踏ん張りしなきゃ。このごろ、休日、多すぎない? ここ、元日もやってるんですよ。えらいよね」。極上の煮込みスープをずずっと飲み干し、横丁を駆け抜けていった。傘もささないで。【鈴木琢磨】

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 ■人物略歴

 ◇さえぐさ・しげあき

 作曲家。1942年兵庫県生まれ。東京芸大大学院修了。オペラ作品に「忠臣蔵」「ヤマトタケル」。アニメ「ガンダム」の音楽を手がける。07年に紫綬褒章。

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