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大学倶楽部・学習院大

「辻邦生『夏の砦』を書いた頃」展開催 夫妻の感性、結実示す資料も

1960年代の辻邦生(右)、佐保子夫妻
改稿を経た3種類の直筆原稿

 濃密かつ精緻な物語世界に熱烈なファンを持つ小説家、辻邦生(つじくにお)(1925~99年)の初期の書き下ろし長編「夏の砦(とりで)」を特集した展覧会「永遠の光(アルカディア)-辻邦生『夏の砦』を書いた頃」が、長く仏文学を教えた学習院大学の史料館で7月18日から開催されている。

     最初の長編「廻廊(かいろう)にて」に次いで66年に刊行された「夏の砦」は、「背教者ユリアヌス」などの壮大な歴史小説にもつながる「原点」的な作品。中世・十字軍時代の四季農耕図「グスターフ侯のタピスリ」に魅せられ、北欧の都会で織物工芸を学ぶ主人公、支倉冬子の半生を通して、端正な叙情の奥に辻文学の根源的テーマ、芸術と人生の葛藤をめぐる物語が進行する。当地の名家、ギュルデンクローネ家のマリー、エルス姉妹との交流から創作の苦悩や孤独を克服してゆく冬子だが、エルスとヨットで航海に出たまま、海上で消息を絶ってしまう。

     冬子の残した日記や手紙から幼年期以降の魂の遍歴が解き明かされてゆくが、序章から「入れ子」状に収められた挿話には、良き理解者であり、文学の「同志」であった妻、美術史家の辻(旧姓・後藤)佐保子(1930~2011年)の幼年体験が克明に織り込まれている。

     生活工芸に打ち込んだ母を持つ佐保子はパリ留学時代、「夏の砦」に描かれる屋敷「樟(くす)の木の家」や松茸(まつたけ)山、湖の小島の別荘などの記憶をたどり、夫に語った。それらが丹念に書きとめられ、再現されたことを示す直筆の屋敷の見取り図や、信州・北八ケ岳山麓(さんろく)での執筆の様子を伝える書簡類は、夫妻の感性が結実した初期の辻作品の成り立ちを示す貴重な資料だ。

     河出書房新社の名編集者、坂本一亀さんの深い関与も書簡などの展示物からうかがえる。「迷宮の記憶」などの仮題を経て、坂本氏の指示で改稿が重ねられた3種類の直筆原稿は見逃せない。

     「夏の砦」はまた、辻作品の本質的な価値観や美意識を既に備えている。「グスターフ侯のタピスリ」に示された職人の無名性(アノニム)にひかれる冬子の心情は「春の戴冠」などに発展する独自の芸術論の萌芽(ほうが)といえる。エルスとの出会いをつづった冬子の日記の表紙は、以前の黒革と対照的なバーミリオン(銀朱)とされ、心境の変化を鮮やかに映し出す。心の動きを色に託す手法は、黄赤緑橙(だいだい)青藍菫(すみれ)の7色を縦糸にしたのちの連作短編「ある生涯の七つの場所」にも通じる。また、十字軍のコンスタンチノープルでの略奪を憂う挿話「グスターフ侯年代記」では、現実と理想の相反という大きな論点が、欧州と中世という背景の下で提示される。

     辻の命日(7月29日)にちなむ展覧会(8月11日まで)は、一昨年の「西行花伝」展、昨年の「春の戴冠・嵯峨野明月記」展に次いで3回目。7月22日には、留学時代からの友人で小説家、精神科医の加賀乙彦さんが「辻邦生の出発-『夏の砦』」と題して講演する。同28日には『夏の砦』の朗読会も予定されている。いずれも入場無料。23日と8月6日のみ休館。問い合わせは同史料館(電話03・5992・1173)。【井上卓弥】

    学習院大

    公式HP:http://www.univ.gakushuin.ac.jp/
    所在地:〒171-8588 東京都豊島区目白1-5-1
    電 話:03-5992-1008

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