特集 安倍晋三元首相銃撃

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安倍晋三元首相銃撃

2022年7月8日、奈良市で街頭演説をしていた安倍晋三元首相が銃撃され、その後、死亡が確認されました。

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安倍晋三元首相
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 2022年7月8日午前11時半ごろ、奈良市の近鉄大和西大寺(やまとさいだいじ)駅周辺で、参院選の街頭演説中だった安倍晋三元首相(67)が銃撃された。安倍氏は心肺停止状態で奈良県立医科大付属病院に救急搬送されたが、同日午後5時3分に死亡が確認された。安倍氏は頸部(けいぶ)と左肩に撃たれた傷が計3カ所あった。奈良県警は現場にいた無職の41歳容疑者を殺人未遂容疑で現行犯逮捕した。

 捜査関係者によると、容疑者は容疑を認め、「特定の宗教団体に恨みがあり、安倍氏が団体とつながりがあると思い込んで襲った。安倍氏の政治信条に恨みはなかった」と供述していることが判明した。県警は動機の解明を急ぐとともに、容疑を殺人に切り替えて奈良西署に捜査本部を設置した。

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安倍晋三氏のあゆみ

 安倍晋三元首相は1954年、東京都生まれ。祖父は岸信介元首相、父は元毎日新聞記者の安倍晋太郎元外相。神戸製鋼所勤務や外相秘書官を経て、晋太郎氏死去を受けて地盤を引き継ぎ、93年衆院選で自民党から初当選。清和会(現安倍派)に所属し、連続10回当選を果たした。

 2000年7月の第2次森喜朗内閣で官房副長官に就任し、翌年の第1次小泉純一郎内閣でも再任した。02年9月の小泉首相の初訪朝に同行。拉致被害者8人の死亡が北朝鮮から伝えられた際、「(北朝鮮が)謝罪しないのであれば、日朝平壌宣言への署名を考え直さないとならない」と強硬論を主張。その後も5人の被害者帰国を主導して脚光を浴び、自民党幹事長、官房長官などを歴任した。

 小泉首相の後継を争う06年9月の自民党総裁選に勝利し、憲法改正など保守的な政策を掲げて首相に就任。「戦後レジームからの脱却」を掲げ、教育基本法改正や防衛庁の省昇格関連法などを成立させた。しかし、年金記録問題や閣僚の失言・不祥事が相次ぎ、内閣支持率は急激に低下。翌07年7月の参院選で敗北して参院で与党が過半数割れすると政権運営に行き詰まり、同年9月に潰瘍性大腸炎の悪化により電撃辞任した。

 体調が回復した12年9月、野党時代の自民党総裁選に出馬。同年12月の衆院選で勝利し、約3年半ぶりに自民、公明両党の連立で政権復帰を果たした。戦後の首相の再登板は、吉田茂元首相以来。

 第2次政権では、保守的な政策を当初は封印し、大胆な金融緩和など「アベノミクス」で経済再生を図った。同時に、国家安全保障局や内閣人事局を創設し、首相官邸主導の体制を強化。20年の東京五輪・パラリンピックの誘致にも成功した。

 15年に集団的自衛権の行使を一部容認する安全保障関連法を成立させ、自衛隊の活動範囲を広げた。一方、16年5月に当時のオバマ米大統領の広島訪問を実現させ、自らも12月に米ハワイ・真珠湾を訪問し、「戦後の清算」にも力を注いだ。17年にトランプ米大統領が就任すると、緊密な関係構築に成功。核・ミサイル開発を進める北朝鮮に対し圧力強化を米国とともに進めた。

 ただ、17年の通常国会で学校法人「森友学園」への国有地売却問題や「加計学園」の獣医学部新設問題で自らや妻の関与が疑われた。翌18年には財務省による公文書改ざん問題などが相次いで発覚した。憲法9条に自衛隊の存在を明記する案を17年5月に打ち出して在任中の憲法改正を目指したが、森友・加計問題で求心力が低下し、改憲議論は停滞した。

 20年8月、持病悪化などを理由に辞任を表明。翌9月に退陣した。21年11月、自民党最大派閥の細田派を引き継ぎ、安倍派に衣替えし、会長に就任した。

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