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社会人野球

佐々木・元近鉄監督、日本選手権でも「68」

練習で打撃指導する大和高田クラブ監督の佐々木恭介さん(左)=奈良県大和高田市の大和高田クラブシニア球場で2018年10月17日、長宗拓弥撮影

同じ背番号で 大和高田クラブ率いて京セラドーム大阪へ

 大阪市西区の京セラドーム大阪で来月1日開幕する第44回社会人野球日本選手権大会(毎日新聞社、日本野球連盟主催、大阪市共催)に、プロ野球・近鉄バファローズ(2005年にオリックスと合併)監督だった佐々木恭介さん(68)が率いる大和高田クラブ(近畿・奈良)が8大会ぶり(9年ぶり)に出場する。監督就任3年目の佐々木さんは近鉄監督時代に本拠地だった京セラドーム大阪(当時は大阪ドーム)に、当時と同じ背番号「68」で凱旋(がいせん)する。

    全日本クラブ野球選手権大会で優勝し、胴上げされる大和高田クラブの佐々木恭介監督(中央)=埼玉県所沢市のメットライフドームで2018年9月13日、玉城達郎撮影

     埼玉・メットライフドームで先月13日あった全日本クラブ選手権決勝で、大和高田クラブは前年決勝で敗れた和歌山箕島球友会に延長十回タイブレークの末、9-7で雪辱し、7年ぶり4回目の優勝と3回目の日本選手権出場を決めた。佐々木さんは「選手が連れてきてくれた」と教え子たちに感謝する。

     兵庫・柏原高から新日鉄広畑(現新日鉄住金広畑)に入り、内野手として1971年の都市対抗で優勝し橋戸賞(最優秀選手賞)を獲得。同年ドラフト1位で近鉄に入団後は78年に首位打者に輝くなど活躍した。82年限りで現役引退後は96~99年に近鉄監督を務め、阪神、西武、中日の打撃コーチなども歴任した。

    近鉄監督時代に大阪ドームのグラウンドに立つ佐々木恭介さん(左)=大阪市西区の大阪ドームで1997年9月21日

     2014年に大和高田クラブの中井隆男部長(75)から共通の知人を介して臨時の指導を頼まれ、15年に副部長、16年から監督。プロでの指導歴が長かったため、当初はアマ選手の指導に「目線を低くしないといけない」と戸惑った。だが、仕事を抱えながら白球に食らいつく選手たちを見て「練習に取り組む姿勢はプロ以上。彼らの思いに負けぬよう、気持ちを伝えよう」と情熱を注いだ。金井春樹主将(31)は「スイングの特徴など一人一人を細かく指導してくれる」と信頼する。

     佐々木さんは近鉄監督2年目から大阪ドームを本拠地とし、10点差を逆転した97年8月24日の千葉ロッテマリーンズ戦など数々の好勝負を繰り広げた。京セラドーム大阪を「勝手知ったる庭」と呼び、打球の転がり方などグラウンドの特徴を熟知する。来月5日のJR四国(四国・香川)との1回戦に向けて「企業チームがバタバタして顔色が変わるところを見てみたい」と、19年ぶりの“本拠地”での采配を心待ちにしている。【長宗拓弥】

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