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社会人野球日本選手権

創部100年胸に、JR東日本東北

【三菱重工名古屋-JR東日本東北】五回裏JR東日本東北無死、森が右前打を放つ=京セラドーム大阪で2018年11月8日、幾島健太郎撮影

 〇三菱重工名古屋2-1JR東日本東北●(8日・京セラドーム大阪、2回戦)

     第44回社会人野球日本選手権大会で8日の2回戦に臨んだJR東日本東北(東北・宮城)の一塁側応援席で、元監督であり宮城県野球協会会長を務める内海利彦さん(66)が選手たちを見守った。チームは今年で「創部100年」の伝統を誇り、東北の社会人野球の草分け的な存在だ。三菱重工名古屋(東海・愛知)に敗れ8強進出はならなかったが、「応援してくれる人たちがいたからこそ、ここまで来られた」と感謝を口にした。

     前身の「仙台鉄道管理局」野球部は1919年10月に設立。今夏の都市対抗では出場を逃したものの、1世紀にわたる活動が評価され特別表彰を受けた。

     内海さんは高校卒業後の70年に仙鉄野球部に入部した。午前は郵便物を振り分ける仕事などをこなし、午後から練習。当時、必ずしも野球部の存在が歓迎されていたわけではない。「ろくに働きもせず野球をするなんて」。試合に負けた時、こう言われたこともある。

     それでも、会社を背負い好きな野球ができることに感謝していた。周囲の理解を得ようと、朝は一番に出社して就業前に机を拭いた。自分たちのプレーを見てもらいたかった。

     26歳まで外野手として活躍し、27歳の若さで監督に抜てきされた。現在は東北地区野球連盟会長も務め、東日本大震災後は「地域を勇気づけたい」と津波で被害を受けた沿岸地域で、社会人野球の復興試合を毎年開催する。

     この日、チームは終盤に1点差まで詰めより、スタンドを盛り上げた。「最後まで諦めず、粘り強い戦いをしてくれた」。東北勢の意地を見せた後輩たちに目を細めた。【早川夏穂】

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