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「長かった」宮崎梅田 うれし涙の第3代表 都市対抗野球九州地区予選

第3代表を勝ち取り喜びを爆発させる宮崎梅田学園ナイン=熊本市のリブワーク藤崎台球場で2019年6月1日午後1時45分、石井尚撮影

 夏を思わせる日差しの下、歓喜の輪が広がった。1日に熊本市で開かれた第90回都市対抗野球九州地区予選の第3代表決定戦で、宮崎梅田学園(宮崎市)が初の本大会出場を決めた。入社10年目で夢の舞台にたどり着いた中武亮主将(31)は「長かった。これをつかみ取るためにやってきた」と、うれし涙をぬぐった。

 中武主将の社会人野球での歩みは、梅田学園野球部の成長の歴史そのものと言ってもいい。

 同社野球部は2006年にクラブチームとして発足。09年に企業チーム登録に変更した翌年に中武主将が入社した。全国での活躍を夢見たが、当時の部員は15人ほど。練習試合でもコールド負けし「『都市対抗』と口にはするけど、手が届かない場所だった」。目標と現実の隔たりが埋められず、入社3~4年目には野球をやめようかと思って福岡の実家に帰ったこともある。

本塁打で先制し盛り上がる宮崎梅田学園の応援団=熊本市のリブワーク藤崎台球場で2019年6月1日午前10時57分、石井尚撮影

 5年前に主将を任されると覚悟を決めた。「嫌われてもいいので、チームの意識を変える」。部員には普段の生活から見直すよう求め、練習の少しのミスでも全員を集めて指摘した。クラブチーム時代から在籍する堤喜昭選手(33)らの支えもあり、チームが少しずつ変わっていった。

 選手は同社が運営する自動車教習所の教官として多忙な中、練習場を日々転々とする環境で地道に力をつけた。4年前の都市対抗九州地区予選で4勝するなど、着実に力と自信をつけ、強豪相手でも気後れしないようになった。昨秋は都市対抗と並ぶ「2大大会」の日本選手権に初出場した。

 高校、大学時代に華々しい経歴を残した選手は多くない。中武主将も徳山大で主将を務めたが、社会人野球の強豪への入社はかなわずに宮崎梅田学園の門をたたいた。「強い相手との対戦はわくわくする」という反骨心もチームの原動力だ。宮崎県勢として初の都市対抗。「宮崎を代表して行くので、県民のみなさんの期待に応えられるよう、梅田学園らしくはつらつと一生懸命プレーしたい」と誓った。【野村和史】

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