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伏木海陸運送エース、車椅子の親友へ誓う勝利 社会人野球日本選手権

車椅子で母校のグラウンドに駆けつけた西宮隼人さん(右)と宮前遥投手=石川県津幡町の県立津幡高校で2019年6月、宮前投手提供

 お前はリハビリを、そして俺はマウンドで頑張ろう――。第45回社会人野球日本選手権大会で28日、NTT東日本(東京)と対戦する伏木海陸運送(富山)のエース、宮前遥投手(23)には、どうしても活躍を伝えたい親友がいる。石川県立津幡高時代、バッテリーを組んでいた西宮隼人さん(23)。互いに励まし合った仲だが、西宮さんは事故で車椅子生活を送っており、「勝っていい報告をしたい」と意気込む。

 2人は高1の時からバッテリーを組んだ。「気持ちが強く、サイン、配球もしっかりしていた。自分の投球にも良い、悪いをはっきりと言ってくれた」と宮前投手。2年の秋には部員わずか17人で北信越大会に進出した。2014年夏に野球部を引退し、そろって大学から誘いを受けたが、西宮さんは4人のきょうだいを1人で育てる母親を助けたいと就職の道を選んだ。

 その年の12月、西宮さんは自転車でアルバイトに行く途中、交通事故に遭い、意識不明の重体となった。面会謝絶だったが医師から「耳は聞こえている」と聞かされ、クラス全員で「待っとるぞ」「一緒に卒業するぞ」などと吹き込んだICレコーダーを医師に託した。約2週間後、奇跡的に意識が戻ったが、重い後遺症が残った。

 卒業後、宮前投手は中部学院大(岐阜県)に進学。その頃、西宮さんは右手でジェスチャーをしたり、短い単語を使ったりして意思疎通できるようになっていた。宮前投手は暇を見つけては見舞いに訪れた。神宮大会出場時は「頑張ってプロに行ってくれ」、社会人で野球が続けられると知らせた時は「お互い頑張ろう」と励まされた。

 今年6月15日、西宮さんが母校・津幡高のグラウンドに帰って来た。リハビリに向き合う西宮さんを励まそうと、宮前投手ら当時のチームメートたちの粋な計らいだった。車椅子でキャッチャーミットを手にした西宮さんに、全員で寄せ書きしたバットを贈った。宮前投手は「あきらめない」と書き、自らを奮い立たせる意味も込めた。

 それからも2人は、連絡を取り合った。9月の日本選手権北信越地区予選、宮前投手は連投で2勝を挙げ、チームの8大会ぶり本大会出場の原動力となった。さらにこの秋、津幡高は6年ぶりに北信越大会出場を果たした。

 相棒の激励と母校の躍進に背中を押されながら、宮前投手はマウンドに立つ。【青山郁子】

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