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憲法秘密会議事録公開

特集1/「芦田小委」再現−−GHQ対策 繊細に

芦田均元首相

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政治的な配慮、働く

 1995年9月29日初公開された帝国憲法改正案委員小委員会(芦田小委員会)の記録は憲法制定という変革期の様子を半世紀の時間を超えて伝えている。一方で、解明しきれない謎も残っている。

「9条案」発言削除

 芦田小委員会の速記録は、13回に及ぶ委員会のやり取りを克明に再現している。当時、内閣終戦連絡事務局の職員として翻訳作業に加わった島静一さん(81)によると、小委員会の審議の要録は英訳スタッフによって徹夜で翻訳され、翌日午前9時までに連合国軍総司令部(GHQ)本部に提出しなければならなかった。「入江俊郎法制局長官や佐藤達夫次長らが書いたメモを英訳したのですが、作業が終わるのは午前6時ごろ。期間中は国会に泊まり込みでした」と語る。

 しかし、この英訳はあくまで要録に過ぎず、島さんにも速記録の全訳を直ちに提出した記憶はないという。速記録も和文のまま保管されていた。

 それが、憲法施行から1年近くたった1948年4月になってGHQが突然、速記録を英訳して提出するよう指示してきた。2カ月がかりで英訳された文書は現在、ワシントンの国立公文書館に保管されている。本来ならば今回の速記録と完全に内容が一致していなければならない。ところが双方を照合してみると、日本語の原本にありながら、英訳に載っていない部分が大小合わせて41カ所もあることが分かった。削除された部分を大別すると二つのケースに分類できる。

 一つはマッカーサー司令官やGHQ関係者らがこの審議について関与したことを示す発言。衆院事務局は「当時の担当者のメモによると『プレスコードに従って削除した』という記録が残っている」と説明する。当時、連合国側の動静についての記述は公文書でも削除されるのが通例だったことに加え、新憲法の成案についてはGHQが「新憲法は日本国民の手で作った」という形を強調していたことなどが理由とみられる。

 しかし、削除部分には9条案修正の意図をめぐって金森徳次郎国務相が将来の自衛権と戦力の保持に含みを残したとも解釈できる発言を行い、佐藤法制局次長がこの発言には「意味がある」と答弁している場面もある。これらはプレスコードでは説明し切れず、政治的配慮も働いていたことをうかがわせる。

 憲法の施行も終えたこの時期になぜGHQは全訳の提出を命令したのか。さらに、なぜ9条関係が削除されたのか。小委員会に法制局事務官として出席していた佐藤功・上智大名誉教授は「米国が日本の占領政策の記録をまとめるために出させたのではないか。記録の削除は議会側が委員の微妙な言い回しについてGHQ側にいらぬ疑いをかけられないように過剰に自制したのでは」と推察する。

 一方で、48年は米ソの冷戦が深まり、米国で日本の再軍備問題をめぐる論議が始まった時期に当たる。こうした情勢の下で「極東委員会がGHQに憲法制定関係資料を求め、GHQが極東委員会に知られたくない審議への関与部分などを衆院に要請して削除させたうえ、提出させたのではないか」との見方もできる。

 では、この削除に政治的配慮が働いていたとしたら一体、指示したのは誰か。衆院関係者は「翻訳の際に削除されたことは間違いないが、事務局の判断で出来るものではない。責任ある立場からの指示で削除がなされたのだろう」という。独協大の古関彰一教授は「GHQとの関係が深かった法制局の幹部あたりではないか」と推測するが、英訳が一部削除された謎は残ったままだ。

国民主義−−政府一転、使用を容認

 芦田小委員会では、9条以外にも、憲法に関する興味深い論議が展開された。憲法前文について政府案は「国民の総意が至高なものであることを宣言し」とGHQ案にあった「主権」の使用を避けた。小委員会が始まるまでの国会審議で、社会、共産両党が国民主権の明記を要求したが、政府はかたくなに拒否していた。

 それが、小委員会であっさり、ひっくり返る。

 審議初日、自由党と進歩党が共同で「主権が国民に存することを宣言し」と改める修正案を提案。自由党の北れい吉氏は「(政府案には)日本文の不正確なものがある。『国民の総意』というと、ただ国民の多数決という意味に取られる。思い切って『主権が国民に存する』とすれば連合国なども相当に納得しないか」と説明した。

 実はこの変更はGHQの要請によるものだった。ケーディス民政局次長が金森氏らと会談、政府側が折れ、与党提案の形をとった。

 社会党が出した修正案には「国民主権」は盛り込まれていなかった。保守党にお株を奪われた社会党の鈴木義男委員は小委員会で、「自由党や進歩党の共同提案の形を取ることは出来まい。少数で否決されては、国内にも世界にも面白くない印象を与える恐れがあると考えたからだ」と述べ、共同提案に加われなかったことに不満を漏らした。

社会権−−社会党案見送られ

 社会党は労働権や生存権、女性の権利など社会権の充実を強く主張する修正案を提案。

 憲法25条は「国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と、国民の生活保障をうたっている。

 これは小委員会の過程で社会党が「生活権、労働権は、社会主義に限ったことでなく、資本主義の社会においても実現されている」(森戸辰男委員)と主張し、盛り込む修正を実現したものだ。

 このほか社会党は、(1)「正当なる労働に対しては正当なる報酬を受ける権利」「国は就業機会の均等と失業防止のため努力する」などを盛り込む(2)「国民は休息の権利を有する。国は最高八時間労働、有給休暇制、診療所、社交教養時間の設定等に努力する」「国民は老年、疾病、労働不能に陥った場合、生活の安全を保障される権利を有する」などの条項を追加する−−との修正案を提案。

 この年の4月、婦人参政権を認めた戦後初の衆院選で当選してきた加藤シヅエ議員らの主張で打ち出した「寡婦の生活権」なども主張したが、25条の規定が盛り込まれたのと引き換えに、社会党も「後のほうの休息権も、老年、その他の疾病とかいうことも皆、省いて良いことになる」(鈴木委員)と妥協、省かれてしまった。

基本的人権−−「外国人保護」条項を削除

 小委員会の審議の過程で、基本的人権を定めた憲法第3章の冒頭に、政府案にはない「日本国民たる要件は、法律でこれを定める」という条項(第10条)が挿入された。保守政党による提案だが、社会党も「わが党の提案にもそれが入っている」(鈴木義男委員)と賛同、異論なく決まった。

 条文にある「法律」とは、50年に制定される「国籍法」で、日本国籍所有者のみが「日本国民」と定義された。憲法は、日本に暮らす外国人の基本的人権を国籍所有者のようには保障しないことになった。

 憲法の制定過程で政府は、GHQ案にあった外国人の人権保障を除外している。GHQ案で「一切の自然人は法律上平等なり。政治的、経済的、社会的関係において人種、信条、性別、社会的身分、階級又は国籍起源のいかんにより、いかなる差別的待遇も許容又は黙認せらるることなかるべし」(外務省訳)となっている条項を、政府は「自然人」を「国民」に改め、差別を認めない対象から国籍を除いている。また、GHQ案の「外国人は、平等に法律の保護を受ける権利を有する」(同)との条項を、そっくり削除した。

 指紋押捺(おうなつ)問題など人権問題が起きる下地が、憲法制定の過程で生まれていたと言える。

芦田均氏(1887−1959)

 外務省勤務を経て1932(昭和7)年衆院議員初当選。以後当選11回。幣原内閣の厚相、片山内閣の外相。48年3月、片山内閣に続く民主、社会、国民協同の3党連立政権で首相。同年10月、昭和電工疑獄でわずか7カ月で内閣総辞職。12月に逮捕されたが、後に無罪。首相退任後は憲法改正、再軍備促進に情熱を燃やした。

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