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憲法草案スクープ

西山氏、内幕を初めて明らかに

スクープが掲載された1946年4月1日の毎日新聞の紙面

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 日本国憲法の制定プロセスで、政府当初案の全容を特報し、連合国軍総司令部(GHQ)の全面干渉を招くきっかけとなった毎日新聞の「憲法草案スクープ」の内幕の一端が明らかになった。スクープをした元毎日新聞政治部記者、西山柳造氏(81)が、このほど半世紀の沈黙を破って「政治記者OB会報」に手記を寄せ、(1)草案は政府の憲法問題調査委員会の事務局から入手(2)起草メンバーだった宮沢俊義東大教授の弟(毎日記者)が関与したとの俗説は事実無根(3)政治的なリーク(意図的な漏えい)はなかった−−と証言。毎日新聞のインタビューにも応じ、心境を語った。

 西山氏は、報道各社の政治記者OB会(有志で組織)の会報(今年3月8日発行)に寄せた手記の中で「実は松本委員会(政府案を起草した憲法問題調査委員会。松本烝治国務相が委員長)の事務局からとった。事務局に資料があったから、もらったということである」と書いている。ただ、関係者に配慮し、取材源の特定は避けた。

 憲法制定過程における政治的事件となったこの記事のニュースソースについて、占領史関係の書物は「今日にいたるまで謎(なぞ)」(「占領史録/憲法制定経過」収録の江藤淳氏解説)「『枢密院筋らしい』となったが、それも後日の推測」(児島襄氏「史録・日本国憲法」)などと記している。

 西山氏は1978年当時、「憲法制定過程覚え書」をまとめた田中英夫東大教授(故人)の聞き取りに応じて「取材先は事務局」と答えているが、当時の模様を自ら詳細に語り、記したのは初めて。この時、田中教授は、吉田茂外相(当時)が観測気球として意図的に情報提供した可能性をただしたが、西山氏はこの時と同様、スクープそのものに政治的な背景はなかったと強調、全面的に否定した。

 51年目の心境について西山氏は毎日新聞のインタビューに応じ、「国民と天皇を一体にした象徴天皇制が戦後日本の骨格であり、これは幣原(喜重郎)さんがつくった。大変な人物だった。吉田(茂)さんばかりもてはやされるが、幣原さんという人がいたことを、若い人に伝えたい」などと語った。【山田孝男】

毎日新聞の憲法草案スクープ

 幣原内閣が憲法改正に取り組んでいた1946年2月1日、毎日新聞が1面トップで政府の憲法問題調査委員会の草案をスクープした。旧憲法のうち天皇の統帥権条項を削除するなど、検討中の複数案のうちでは最も進歩的な内容だったが、天皇主権の骨格は旧憲法と変わらず、GHQは反発。最高司令官マッカーサーは同3日、国民主権、戦争放棄などを盛り込んだ指針を提示、これに基づいてGHQが実質9日間で現在の日本国憲法の草案をまとめたというのが占領史の定説になっている。

 このスクープがなかった場合の展開予測としては「GHQの対応が遅れ、中・ソ・豪なども参加した極東委員会の憲法制定への関与が強まり、象徴天皇制ではなく、天皇制廃止へ進んだ可能性もある」(憲法史に詳しい古関彰一独協大教授)という見方と、「占領体制における米国の主導権はすでに確立されており、大勢に影響はなかった」(戦史研究家、児島襄氏)という見方がある。

幣原喜重郎(1872〜1951) 第1次世界大戦後のワシントン体制下で活躍した外交官。駐米大使、外務次官を経て加藤、浜口内閣の外相。国際協調主義的な政策は「幣原外交」と呼ばれた。31年に浜口内閣が総辞職した後は貴族院議員。敗戦の45年10月、首相に就任。天皇の人間宣言を自ら起草し、マッカーサーの草案を受け入れて憲法改正作業を進めた。49年衆院議長。大阪府出身。

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