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コウノトリ空へ 2005初放鳥

記者の目:コウノトリ野生復帰計画が問うもの=武井澄人(豊岡支局)

「共生する豊かさ」の改革−−勝ち組論理とは正反対

 今年9月、私は日本のこれからの進路を考えるうえで、極めて大きな二つの歴史的事件が起きたと考えている。一つは、いうまでもなく総選挙での小泉自民党の圧勝。もう一つは、兵庫県豊岡市であったコウノトリの野生復帰計画の開始だ。一見何の関係もない出来事だが、共通するキーワードは「改革」。しかも、両者が目指すのは正反対の方向性を持っている。

     では、コウノトリの野生復帰がなぜ改革なのか。理由は、単に国内で絶滅した野鳥の復活にとどまらず、敗戦による焦土からの復興、高度経済成長、そしてバブル経済を経る過程で、この国が失い、あるいは置き去りにしてきた別の豊かさの意味を見つめ直し、社会を再構築する試みだからだ。いわば、自然と人間がともに主人公の「豊かさの構造改革」なのだ。

     野生復帰の舞台となった県立コウノトリの郷(さと)公園に行けば、それが誰にでも体感できる。9月24日に試験放鳥された5羽は現在、公園の半径約1キロ圏内にとどまっている。その是非は別にしても、公園に足を運べばほぼ確実に見つかるし、大空を舞う姿は感動的に美しい。白くて大きいグライダーのように空を滑ると、周りで時間がゆっくり流れ、その中に自分が溶け込んでいくのがはっきり分かる。

     鳥の魅力だけでない。棚田や湿地が広がる公園と周辺は、稲刈り後には赤トンボが無数のちりのように輝いて飛ぶ。長年コウノトリの専属飼育員だった松島興治郎さん(64)が「せかせかしないでゆったり座って、風景の一つになってしまえばいい」と言うように、実にぜいたくな時間が過ごせる空間だ。

     公園の存在はまた、地域社会の意識にも変化をもたらした。特に地元の祥雲寺地区では顕著だった。その名も「コウノトリの郷営農組合」ができ、肉食のコウノトリの餌場になるようにと、農家の常識では考えられなかった冬場の田んぼに水を張る「冬期湛(たん)水(すい)」に取り組む。アイガモ稲作で都会の人との交流を図り、公園前の朝市で地元産有機野菜などを売るグループもある。共通するのは「コウノトリを受け入れられる環境を支え、それを次世代に受け継ぐのは自分たちだ」との思いだ。

     市は、試験放鳥に合わせて県と共同で、「コウノトリ未来・国際かいぎ」も開いた。テーマは「人と自然が共生する持続可能な地域づくり」で、全体会座長を務めた同市出身の農学者、保田茂・神戸大名誉教授が、放鳥が私たちに問いかけているものを的確に指摘した。「『努力すればお金が得られる』という価値観は世界経済の規模縮小や資源の高騰などで幻想になる。これまでの価値観を捨て、経済的に貧しくなるこれからをどう心豊かに暮らすのか」

     保田氏はさらに、身近な美しい環境の整備と食料・資源・エネルギーの自給をキーワードに、人間と自然がうまく折り合いをつけていた時代の暮らしに原点回帰する勧めも説いた。市も昭和30年代以前の暮らしを「豊岡型」と再定義した「環境経済戦略」を策定し、具体化を模索する。

     コウノトリとは正反対の方向性を持つのが小泉改革と言っていい。効率と成果が求められ、政治的・経済的に力を持つ「勝ち組」を是とする論理で、多様性を否定するような空気を感じているのは、私だけではないだろう。

     豊岡にも変化の波は押し寄せている。24時間営業のコンビニチェーンが近年進出し、まちの消費を変えた。独身である私の日々の食生活を支えてもいる。京阪神と直結する高速道路の建設計画も進む。

     一方で、野生復帰は、人間中心の利益追求の度が過ぎた結果、絶滅に追い込んだコウノトリと共生関係を結び直す取り組みだ。「勝ち組」の論理とは相いれないもので、成功には子や孫の代にまたがる長期的な視野がいる。郷公園の大迫義人・主任研究員も「50年はかかる壮大な実験」と強調する。

     実りの秋。知り合いの農業者から新米のおむすびをごちそうになると、お金で買えない温かい気持ちも味わえる。そんな自然の分け前が残り、国内最後の生息地になった豊岡を「コウノトリに選ばれた」と表現する市民もいる。

     どちらの方向性に、未来を感じ取ることができるだろうか。多様性を許さない息苦しい世の中より、私は後者を選びたいと思う。コウノトリがもたらす豊かさをかみしめながら、一地方都市の静かな改革の成功を祈りたい。

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