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ターザンの影

密林の王者「ターザン」は、昭和のヒーローだった。「アーアアァー」。ターザン役のジョニー・ワイズミュラー(1904~84)は、水泳の元オリンピックチャンピオン。彼が選手として全盛のころ、日本の水泳界を席巻したのは、大阪の旧制茨木中(現・府立茨木高校)だった。茨木中水泳団には、ワイズミュラーの写真が残り、来校したと伝えられている。意外なつながりと友情をたどる物語を、ここから始めよう。

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ターザンの影

8 謎は解け、伝説が残った(2014年1月29日掲載)

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早稲田大水泳部に残る集合写真(中列右から3番目がジョニー・ワイズミュラー)=早稲田大水泳部80年記念誌から
早稲田大水泳部に残る集合写真(中列右から3番目がジョニー・ワイズミュラー)=早稲田大水泳部80年記念誌から

 取材は大詰めを迎え、私はクリスマスの東京に向かった。85年前の大会を知る人は見つからず、なかなか事実に近づけない。だが旧制茨木中(現・大阪府立茨木高)出身の高石勝男の追悼集(1967年発行)を読むうち、「もしや」と思う1枚に出合った。

 早稲田大水泳部のOB会副会長、地平達郎(65)が保存する、その集合写真には、プールサイドに25人の選手が写っている。「ジョニー・ワイズミュラーはここ、この人が高石さん」。後方の白っぽい木やプールの細部、角帽の学生など、茨木中の写真に酷似している。ワイズミュラーのしま模様の水着も同じだ。

 <東京大会と大阪大会の間に、午後の一刻、一行が高石記念プールを訪れた。リレーのほか、混合チームで水球を行い、ゲーム中曲技を披露するなど、誠に楽しい一刻であった>

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