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「のさり」と生きる 水俣

第1回 「自由。ここが僕の家」

「ずっとここで生きていく。実家から位牌や写真を持って来た」と話す渡辺栄一さん=熊本県水俣市浜町の「おるげ・のあ」で2014年7月、平野美紀撮影

 1962年9月15日、熊本県水俣市で、脳性小児まひと診断されていた女児が短い人生を終えた。小さななきがらを解剖した結果、母親の胎内で有機水銀の被害を受けたことによる水俣病であることが判明した。「胎盤は毒物を通さない」との当時の常識を覆す結果。前年に死亡した水俣病の女児の脳から高濃度の水銀が見つかった例も踏まえ、熊本県の水俣病審査会は62年11月、同様の症状を示していた16人の子どもたちを「胎児性水俣病患者」と認定した。

 あれから半世紀あまり。胎児性患者に加え、幼少期に汚染された魚介類を食べた「小児性患者」らは成長し、…

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