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原田正純さん。水俣病患者の発掘と支援に生涯を捧げた=2011年11月、金澤稔撮影

 胎児性水俣病は、1962年に正式認定されるまでは「隠れた」存在だった。生涯を水俣病患者支援にささげた原田正純医師(2012年死去)が、その「発見」にまつわる経緯を著書「水俣病」(岩波新書)につづっている。

 61年8月。原田さんは往診に訪れたある集落で、隣の家で遊んでいる「一目で異常と分かる」男児2人と出会う。6歳の弟は首が据わっておらず、「この種の障害の子どもに特徴的にみられるように、体をくねくね動かして足を投げ出して、ただはにかんだような笑顔を見せるだけであった」

 やがて帰ってきた母親に聞くと、「兄は水俣病だが、弟は脳性小児まひ。だって(水銀に汚染された)魚を食…

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