メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

新幹線50年

敗戦国民が切望した「世界一のスピード」

東海道新幹線は開業前の試運転まで国民の注目の的だった。東京・新橋駅付近を試運転する車両を駅のホームで大勢の乗客が見物している=1964年8月

 東海道新幹線は10月1日、1964年の開業から50周年を迎える。建設の段階から「夢の超特急」の呼び名で国民に浸透し、新幹線は日本の「ナショナル・シンボル」となっていく。その背景には、敗戦から立ち直り高度経済成長で自信を取り戻しつつあった国民の意識があり、「世界一速い」という言葉でその意識に働きかけて新幹線建設を提案していった十河(そごう)信二総裁ら当時の国鉄関係者の勝利だった。

 富士山を背に疾走する東海道新幹線。開業以来の輸送人員は56億人を超え、初代の「0系」が最新車両の「N700A」に姿を変えた今も、この富士をバックに走る構図は親しまれ続けている。新幹線はどうして日本人の心情にこれほど大きなインパクトを与えたのか。

 藤井聡・京都大教授らは共同論文で、国鉄の十河総裁や篠原武司・鉄道技術研究所長らが国鉄の東海道線増強調査会での議論や一般向けの公開講演会などを通して「世界一の超特急」に対する国民の関心を喚起していく「過程」を解き明かしている。

 東海道新幹線は、もともと東京−関西間の過密化で東海道線の需給が逼迫(ひっぱく)して輸送量を増強する必要に迫られ、計画の議論が始まった。ただ、当時は自動車・航空機の時代が来れば日本の鉄道はやがて縮小していくという「鉄道斜陽論」が優勢で、広軌のレールを引いて新幹線を走らせることに当初、国鉄内でも反対意見が強かった(JR東海「新幹線の30年」)。

 そうした中、十河総裁らは東京−新大阪間を3時間で結べる「スピード」を前面に出して新幹線の世界一の走りを訴え続け、テレビや新聞、週刊誌などの関心をつかみ、広く国民を「夢」に引き込んでいく。

 カギは敗戦国・日本での「ナショナル・アイデンティティー(国民としての一体的な意識)」。1950年代からの高度経済成長を通じて産業が急伸し、白黒テレビ、電気洗濯機、電気冷蔵庫の「三種の神器」が家庭に普及。豊かさを肌で感じ始めていた国民にとって、新幹線はもう少しで手に入れられそうな自信でもあった。藤井氏らは「国民は新幹線計画が『東海道の輸送難を解消し、公共の利益を高めてくれるか』よりも、『ナショナル・アイデンティティーを確立してくれるか』という点に主眼を置いていた。…(中略)…国民のスピードへの関心を上手く高めることで、計画の支持を取り付けることができた」(「土木計画におけるナショナリズムの役割に関する研究−東海道新幹線を事例として−」)と指摘している。

 十河総裁ら国鉄を支持した当時の国民も、輸送難が解消されるということよりも「世界一のスピード」に引きつけられた。日本の「復活」を象徴するわかりやすい指標。開業の9日後に開会式が行われたアジアで初となる東京オリンピックは、国産技術で誕生した東海道新幹線を世界にアピールできるまたとない機会だった。【尾村洋介】

毎日新聞のアカウント

話題の記事

アクセスランキング

毎時01分更新

  1. 猛毒魚、購入者が届け出「食べたが、元気だ」
  2. 危険生物 徳島の磯で猛毒ダコ捕獲 注意呼びかけ
  3. 「自分に感情が無ければ…」父殺害の元少年、面前DVを告白
  4. ソウシハギ 猛毒の魚、販売した可能性 三重・大台の食品店
  5. バラハタ 他にもいる危険な魚 「珍しい」で食べないで

編集部のオススメ記事

のマークについて

毎日新聞社は、東京2020大会のオフィシャルパートナーです