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ミスター「巨人軍は永久に不滅です」から40年

第2試合終了後、カクテル光線が消されスポットライトに照らされた後楽園球場のマウンド上で、ファンに別れのあいさつをし、王貞治選手らから贈られた花束を掲げて声援に応える長嶋茂雄選手=東京都文京区の後楽園球場で1974年10月14日、接待健一撮影

 今年も多くのプロ野球選手が現役引退を決意し、惜しまれてユニホームを脱ぐ。10月5日に行われた日本ハムの本拠地最終ゲームは、引退を表明した稲葉篤紀外野手の最後のプレーを目に焼き付けようとファンが客席を埋め尽くした。プロ野球の引退試合で日本中の注目を集めた最初の選手は、元巨人の長嶋茂雄さんだろう。今なお語り継がれている名セリフ「わが巨人軍は永久に不滅です」に、後楽園球場の大観衆が、テレビの前の巨人ファンが涙したのが、1974年10月14日。あれから40年−−当時の毎日新聞の記事と写真で振り返る。

 「ミスタープロ野球」「燃える背番号3」と呼ばれた男の引退試合は、前日あいにくの雨で順延した月曜日のデーゲーム、中日とのダブルヘッダーだった。しかも、巨人のV10を阻止して20年ぶりの優勝を決めた中日は名古屋での優勝パレードと重なったため与那嶺要監督や星野仙一投手ら主力選手は不在、ベンチは若手が中心だった。翌15日付の毎日新聞朝刊で振り返ると、それにもかかわらず、後楽園球場は5万人の観衆。前夜からの徹夜組も出るなど長嶋ファンが押しかけた。

 3番に入った長嶋選手は1試合目の四回、通算444本目となる15号2ラン本塁打を左翼ポール際にたたき込み、笑顔でホームベースを踏んだ。4番の王貞治選手もこの試合で49号3ラン。最後のONアベックホームランで有終の美を飾った。

 東京六大学野球で活躍し、1957年秋に巨人と入団契約し58年デビュー。ヘルメットが飛び上がるほど力の入った豪快な空振り、遊撃手の守備範囲まで打球を追っていく果敢な守り。テレビ時代のプロ野球らしい強烈な個性、ハッスルプレーが戦後日本を明るく元気づけた。60年安保闘争当時の岸信介首相が「国会周辺は騒がしいが、銀座や後楽園球場はいつも通り」と引き合いに出すまでにプロ野球を国民的なスポーツに押し上げた。

 前年に第1次石油危機が起こり、戦後の高度経済成長期は終わりを告げた。40年前の74年はインフレが加速し、庶民の暮らしは「狂乱物価」の波にさらされていた。日本シリーズ9連覇を誇った巨人の黄金期もストップ。戦後最大のスターの引退に、朝刊社会面には「一つの時代を燃焼させた」という見出しが躍った。【荒木功/デジタル報道センター】

第1試合終了後、「外野席のファンにもあいさつしたい」として、手を振りながらグラウンドを一周する長島茂雄選手=東京都文京区の後楽園球場で1974年(昭和49年)10月14日、

最後まで燃えた背番号3 一球一打に「17年の闘志こめ」=1974年10月15日付毎日新聞スポーツ面再録(一部現在の表記に改めた)

 夕やみ迫る後楽園球場、カクテル光線が消えた。スポットライトに背番号「3」が浮かび上がった。「長い間ご支援ありがとうございました」−−巨人・長嶋茂雄選手の現役最後となった中日とのダブルヘッダーは14日正午から後楽園球場で行われた。「ミスター・プロ野球」の公式戦最後を見ようとスタンドは5万人の観衆で埋まった。長嶋は第1試合今季15号、通算444本目の本塁打を含む3安打。ナインも王が49号本塁打を放つなど中日に快勝。第2試合も長嶋は好守好打をみせ最後まで名実ともに「スター」のプレーを披露した。巨人はダブルヘッダーに連勝したが、勝率で中日にわずか1厘及ばなかった。

この日 長嶋は

 ○…第1試合…○

【第1打席】マウンドは背番号34の村上。しかも左腕。長嶋が17年前デビューして最初に顔を合わせたのが34番、左腕の金田だった。1回2死走者なし。村上の2球目、内角ボールをうしろに大きくとびはねてオーバーにさけ、1−3から三ゴロ。

【第2打席】4回、「3番サード長嶋」の放送に球場の興奮度を示すエキサイトタワーは上がりっ放し。1死一塁に四球の土井。1−2から内角球をたたいて左翼ポール際へライナーの15号2ランホーマー。

【第3打席】6回1死走者なし。初球をたたいた打球は、投手の足もとを痛烈に破る中前打。

【第4打席】7回中日の投手は渡部。1死走者なし。1ストライクを見送った2球目、中前へライナーのクリーンヒットで3安打の猛打賞。

 ○…第2試合…○

【第1打席】巨人の先発メンバーは投手の高橋善をのぞいてズラリV9ナイン。長嶋はプロ入り通算1460試合目の4番打者、2回無死走者なし。金井の1ストライク後を打って遊ゴロ。

【第2打席】3回、先制の2点をとって2死走者なし。初球をたたいた打球は中堅頭上へ。背走のウイリアムが好捕する。

【第3打席】5回先頭打者。中日の投手は堂上、1−0から二塁左をライナーで破る。この日4本目の安打で出塁。土井の中前タイムリーで懸命にホームイン。

【第4打席】6回2死三塁、2−1からヘルメットが飛ばんばかりのフルスイングでファウルを2球。2−2と変わって遊飛。

引退試合のスコア

【第5打席】8回裏。今季初めて一塁コーチボックスへ。柴田左前打。高田もバント安打で無死一、二塁。王の二ゴロで1死一、三塁。長島は最後の打席へ向かった。左腕佐藤の2球目をたたいて遊ゴロ、三好、西田、広野と渡って併殺打。8094打数目だった。

涙にむせび場内一周

 なんとも劇的な長嶋の引退劇だった。長嶋が初めてファンの前で感涙にむせんだ。「涙の場内一周」で何度も長嶋は立ちどまった。歩けなかったのだ。こんな長嶋を見たことがない。「外野席のファンにもあいさつしたい」と自分から進んで場内を1周したというのに−−。

 すべてが終わり、長嶋は「蛍の光」のメロディーに送られながら巨人ナインと一人ずつ別れの握手をした。このときも長嶋は感動を抑えられなかった。それでいてスタンドは妙にしめっぽくならなかった。歓声が絶えずどよめく陽気な引退劇。

 哀惜の念を越えてファンが興奮のウズに巻き込まれていたからだろう。ファンは一人もグラウンドに飛び降りなかった。スタンドがまるで大舞台のようで、すがすがしささえ漂っていた。長嶋だからこそと思った。

 それにしても見せる男である。第1試合の4回には15号2ランのお別れホーマーを左翼席へたたき込んだ。「何としても一本打ちたかった。試合前に十分に練習したのがよかった」−−涙の後の記者会見で満足そうな笑みを見せた。天覧ホーマーをはじめ、ここという場面で必ずといっていいほど打ってきた燃える執念。天性の上に絶え間ない努力で積み上げた金字塔である。第2試合はV9ナインが先発した。柴田が満塁ホーマー、高田が連続アーチ、第1試合では王の49号3ラン、末次も長嶋を一塁において逆転ホーマーと、次々に祝砲を打ち上げた。「思い残すことも未練もない。なんとも幸せな引退だ。17年間ベストをつくした」と本当に幸福そうだった。

 バット1本、白球にかけた17年間−派手なジェスチャーと好守好打で見せ場をつくってきた長嶋。これほど幸せにつつまれた野球選手はこれからも出ないのではなかろうか。(丸谷)

 川上監督の話 長嶋君の歩いてきた足跡の偉大さを改めて感じた。長嶋君と歩いた17年間は全く短かった気がする。素直な性格で、野球のために生まれてきたような男だ。これからも日本のプロ野球をひっぱっていく男だ。

 王選手の話 もういっしょにそろって打席に入ることはない。サードからチョーさんの球が来ることもない。長嶋さんに追いつけ追い越せでやってきたが、長嶋さんがいなければあれほど全打席に気をはってやれなかった。

1974年10月14日、東京・後楽園球場の長嶋茂雄選手の引退試合。スコアボードに「栄光の背番号3」の文字が

長嶋茂雄引退スピーチ全文(1974年10月14日)

 昭和33年、栄光の巨人軍に入団以来、きょうまで17年間、巨人ならびに長嶋茂雄のために絶大なるご支援をいただきまして、誠にありがとうございました。

 みなさまから頂戴いたしましたご支援、熱烈なる応援をいただきまして、きょうまで私なりの野球生活を続けてまいりました。今ここに自らの体力の限界を知るにいたり、引退を決意いたしました。

 振り返りますれば、17年間にわたる現役生活いろいろなことがございました。

 その試合を一つ一つ思い起こしますときに、好調時はみなさまの激しい大きな拍手を、この背番号3を、さらに闘志をかきたててくれ、また不調のとき皆さまのあたたかいご声援の数々の一つに支えられまして、今日まで支えられてきました。

 不運にも我が巨人軍はV10を目指し監督以下、選手一丸となり、死力をつくして最後の最後までベストを尽くし戦いましたが、力ここに及ばず10連覇の夢は破れ去りました。

 私はきょう引退をいたしますが、わが巨人軍は永久に不滅です。

 今後、微力ではありますが、巨人軍の新しい歴史の発展のために栄光ある巨人が、あすの勝利のために、きょうまで皆さま方からいただいたご支援ご声援を糧としまして、さらに前進していく覚悟でございます。

 長い間皆さん、本当にありがとうございました。

長嶋茂雄の生涯成績

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