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岡崎 武志・評『青柳いづみこのMERDE!日記』『わが母 最後のたたかい』

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二刀流生活のノンストップな日々

◆『青柳いづみこのMERDE(メルド)!日記』青柳いづみこ・著(東京創元社/税抜き2500円)

 ピアニスト青柳いづみこの日常はすこぶる多忙である。なぜなら、「モノ書き」という肩書がそこに加わるから。しかも音楽エッセーにとどまらず、本格的な研究書や評伝をものし、各賞を授賞する本格派なのである。

『青柳いづみこのMERDE(メルド)!日記』は、そんな二刀流生活9年分をまとめたエッセーだ。休みなく、この「二刀流」の離れ業をこなし、海外へも出かける。タイトルに「MERDE!(くそったれ!)」とある通り、ときに怒りもするが、著者の本性は明るくにぎやかだ。

 だから綱渡りの毎日にハラハラし、頻出する固有名詞の波に洗われながら、とてもほがらかな気持ちになる。ファッションは古着屋とガード下のつるし専門で、松田聖子のファンと意外な顔も。

「音楽書にしては、文学や美術のことが沢山出てくるし、文学書にしては、音楽のことが語られすぎている」は自著への評だが、その両輪が青柳いづみこの推進力でもある。敬愛する吉田秀和邸への訪問記がとてもチャーミング。

◆『わが母 最後のたたかい 介護3000日の真実』相田洋・著(NHK出版/税抜き2100円)

 相田洋『わが母 最後のたたかい 介護3000日の真実』は、認知症になり、「要介護状態」が進むなか、壮絶な介護に取り組む著者の体験記。ただし、著者の筆は、母親の満州での過酷な戦争と引き揚げの実録から始まる。そんな母に守られ育てられた著者が、今度はつきっきりで100歳の死まで母を守る立場に。しかも介護しつつ、母親との会話をメモし、写真を多く残していた。ときにユーモラス、糞尿(ふんによう)の始末など細部までじつにリアル。

◆『お引っ越し』真梨幸子・著(角川書店/税抜き1500円)

 春は引っ越しのシーズン。また各地でさまざまなドラマが生まれているだろう。真梨幸子は、その『お引っ越し』をテーマに、奇妙な味わいの連作短編集を書きあげた。いま住む部屋の元住人が殺人犯と知った会社員のキヨコは、引っ越しを決意。マンションの内見で、ほぼ部屋を決めかけ、非常口を覗(のぞ)いてみたら……。そのほか、引っ越し前夜の片付け、隣人トラブルと、なぜかつきまとう引っ越しの恐怖を、「扉」「箱」「壁」など一語を章タイトルに描く。

◆『イザベルに ある曼荼羅』アントニオ・タブッキ/著(河出書房新社/税抜き2000円)

 2012年に物故したイタリアの作家、アントニオ・タブッキに、まだこのような物語が遺(のこ)されていたとは!『イザベルに ある曼荼羅』(和田忠彦訳)は、ポルトガル・サラザール独裁政権下で、突如姿を消した女・イザベルの痕跡を、語り手の「私」が訪ね彷徨(さまよ)う物語。ただし、その「私」は、一等星シリウスからやって来た「亡霊」なのだ。かくて、時間と現実の枠を超え、読者は夢うつつの中、物語世界を漂う。これぞタブッキ的世界。

◆『芸能界 蛭子目線』蛭子能収・著(竹書房/税抜き1000円)

 無自覚、無防備、独自の感性が珍重され、いまや引っ張りだこなのが蛭子能収(えびすよしかず)。『芸能界 蛭子目線』は、この10年にわたる芸能生活を、エッセー漫画とインタビューで語る。蛭子の名を高めた「ローカル路線バス乗り継ぎの旅」。太川陽介は女優の扱いがうまく、すぐ「ちゃんづけ」で距離が縮まる。しかし、私は「ちゃんづけが苦手である」と汗をかく。有吉弘行が突如「毒舌」キャラに変身する瞬間も目撃。戸惑う蛭子に汗。汗の数だけ、笑いがある。

◆『柴門ふみの解剖恋愛図鑑』柴門ふみ・著(毎日新聞社/税抜き1400円)

 女性の仕事や恋愛事情を職業別に分析したのが『柴門ふみの解剖恋愛図鑑』。仕事がつらくても逃げ出さず、逆に楽しむ方法を見つける。それが女性の強みだという。「ハゲ・モウフ」「デブ・ワイン」という呼び名で客の注文を覚える客室乗務員、「営業は疑似恋愛」というベンチャー企業の営業。クールというかたくましいというか。「職場では、女優ですから」という名言もとびだす。「女性の甘え」が通用しないことは、彼女たちが一番よく知っている。

◆『追風(おいて)に帆を上げよ』ジェフリー・アーチャー/著(新潮文庫/上下各税抜き670円)

 ジェフリー・アーチャーお得意の、時代も世代も飛び越え波乱のストーリーが巻き起こる物語が「クリフトン年代記」。『追風(おいて)に帆を上げよ』(戸田裕之訳)は、いよいよ第4部。第二次大戦時から因縁浅からぬバリントン家とクリフトン家の破滅を、虎視眈々(たんたん)と狙う凶悪な敵手・マルティネス親子。数々の苦難を乗り越え、ハリー一族は豪華客船の処女航海にこぎつけるが……。手に汗を握る展開と充実の読後感は保証済み。第5部が待ち遠しい。

◆『ぼくなりの遊び方、行き方』横尾忠則・著(ちくま文庫/税抜き1100円)

 横尾忠則『ぼくなりの遊び方、行き方』は、『横尾忠則自伝』として発行された元版を改稿、改題。日本のポップカルチャーがもっとも元気だった1960〜80年代、グラフィックアートの世界で先頭を走った著者が、さまざまな人との出会いを交え、回顧する。「いつも窮地に追い込まれると不思議とどこからか救助の手が差し伸べられる」スリリングな人生。三島由紀夫、美輪明宏との交遊、映画出演、インド体験の衝撃など、多彩な生き方に感嘆。

◆『なぜ「三四郎」は悲恋に終わるのか』石原千秋・著(集英社新書/税抜き720円)

 石原千秋『なぜ「三四郎」は悲恋に終わるのか』は、斬新な視点で、近代文学の名作を読み直す。『三四郎』をはじめ、漱石作品の多くは「悲恋」で終わり、それは田山花袋『蒲団』、森鴎外『雁』、三島由紀夫『春の雪』も同じ展開だ。著者は、成就しない恋を、宛名の違う郵便の「誤配」という用語を転用し、その謎に迫る。「個人」を描くために生まれた近代文学が、一人で苦しむ主人公を描くとき「誤配」という装置が有効に働く。新しいタイプの文学論。

◆『自分で考える勇気』御子柴善之・著(岩波ジュニア新書/税抜き840円)

 一般新書のレベルを、このジュニア新書が凌駕(りようが)する時がある。御子柴善之『自分で考える勇気』もそんな一冊だ。西洋哲学に圧倒的影響を及ぼしたドイツの哲学者カント。著者はカントの哲学を読み解きつつ、その中から現代に生きる私たちに「考える」大切さと道筋を教える。外見は大人でも未熟で、まっとうな大人でない者もいる。時に趨勢(すうせい)に逆らって、自分自身で考えるには勇気が必要だ。本書を読むことで、読者は自然に「考える」力を身につける。

◆『東京劣化』松谷明彦・著(PHP新書/税抜き780円)

 過疎と高齢化が進む地方の町村を「限界集落」などと呼び危惧するが、松谷明彦『東京劣化』によれば、むしろこれから先数十年後、東京こそ急激な高齢化と人口変化が訪れるという。たとえば高齢者は、東京では2010年から30年間で143・8万人増える。それに比して秋田県では1・5万人減少。高齢者福祉のコストが増大する前者に対し、後者の財政支出はむしろ落ち着いている。また「東京のスラム化」とは? 数字が突きつける恐るべき東京の現実。

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おかざき・たけし 1957年生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。近著『上京する文學』をはじめ『読書の腕前』など著書多数

※3カ月以内に発行された新刊本を扱っています

<サンデー毎日 2015年4月26日号より>

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