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INTERVIEW 西川美和

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失ってはじめてわかる“あたりまえ”の大切さ

◆『永い言い訳』西川美和・著(文藝春秋/税抜き1600円)

 後悔先に立たず。ああすればよかった、こうもできたのではないか、という思いが募る時、関係を紡ぐべき相手はすでに失われてしまっている。誰しもそんな経験をしたことはあるだろう。西川美和さんは、家族との不意の別れを経験した人物のその後の人生を、書き下ろし長編小説として描いてみせた。

「ずっとそばにいてくれるとあぐらをかいていた存在が、ある日ふっといなくなってしまう。そういう別れを私自身、何度かしてきました。大きなところでは、支え続けてくれた映画プロデューサーが、65歳で脳梗塞(こうそく)で亡くなってしまいました。目の前にある日常をないがしろにしてしまいがちなのが人の性(さが)だから、後悔は日々重なっていくわけで、そのことを物語にしてみようと思ったんです」

 主人公は人気作家。彼は人々の同情を集めながらも、まっとうに悲しむことのできない人間としてそこにいる。彼のこれまでの生き方、妻との関係性がそうさせているのだ。

「主人公は自分に近い存在にしようと思い、しかし映画監督では近すぎて距離が取れないので小説家にし、男性にしました」

 ユニークなのは、各章ごとに一人称と三人称がスイッチされることだ。しかも一人称は、何人かの登場人物に視点が切り替わり、読み進めるうちに全体像が見えてくる。

「まず主人公である“ぼく”の一人称で最初の章を書き、このまま一人称で続けるのはつらいなあと感じて三人称にしてみる。三人称でも書ききれないと思い、一人称に戻るんだけど、じゃあ違う人物の一人称に飛ばしてみるか。そんなふうに模索しながら書き進めました」

 ある大きな事故の遺族同士として、主人公は職業も生活もまったく異なる人物およびその子供たちと関わることになる。やがて、かつて経験したことのない新しい感情が発動し、彼の人生が動き始める。

「一緒にいた時より、失ってからのほうがいなくなった人との関係性を見直すことが多いと思うんです。日々せつないけれど、その人を亡くしたことで何かしら動かざるを得ない、引きこもってばかりもいられないのが人生です。打開策を練る中で新しい出会いがあったり、今まであった別の縁がもっと強固になって、その人に助けてもらうようなことも起きるはずです」

 映画監督が本業である西川さんは、小説に何を見いだしているのだろう。

「元手がかからないのがまずすばらしい(笑)。2時間で語らなければいけない映画に比べ、書くことは本当に自由です。しかしその自由がいかに難しいか、今回の作品で、少しその怖さに触れたように思います。私にとっては、映画を作ることに伴うストレスの中から新たな物語が生まれる、ということがとても大事。しばらくはそのやり方で、小説の“外様”として書かせていただけたらと思っています」

 百戦錬磨の作家ではなく、時に外様こそが、小説という表現の幅を広げ、魅力を更新する。それは過去の小説の歴史が証明していることでもあるはずだ。(構成・北條一浩)

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にしかわ・みわ 1974年、広島県生まれ。2002年、オリジナル脚本・監督の映画「蛇イチゴ」でデビュー。映画監督作品に「ゆれる」「ディア・ドクター」など、小説に『きのうの神さま』『その日東京駅五時二十五分発』など

<サンデー毎日 2015年5月3日号より>

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