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岡崎 武志・評『Novel 11,Book 18』『頂点への道』ほか

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何も起こらないはずだった

◆『Novel 11,Book 18』/ダーグ・ソールスタ/著 村上春樹/訳(講談社/税抜き1600円)

 ダーグ・ソールスター『Novel 11,Book 18』と聞いただけでは手が出ない。村上春樹訳というから、読んでみた。これは何とも不思議な小説であった。

 著者はノルウェーの作家だ。作品の舞台もノルウェーが中心。タイトルは、11冊目の小説、18冊目の著書を意味する、というから人を食っている。主人公のビョーン・ハンセンは、市役所の安定した職につき、後顧の憂いはない。ただし14年一緒に住んだ恋人とは別居中。別に妻と息子もある。

 恋人とはアマチュア演劇集団で働いた時期もあった。しかし今は一人住まい。ドラマ性は少なく、読者の予断を許さない。彼らは一体幸せなのかと疑問を持つ頃、何かが動き出す。長く離れて住む息子の出現と同居。そこから事態は思いがけない、起こりえないような展開へ転がり出す。

 「とにかくどこまでもミステリアスで、読後思わず唖然としてしまう」は村上春樹評。読者は予測を心地よく裏切られ、口を開け、笑い出すかも。

◆『頂点への道』秋山英宏・著(文藝春秋/税抜き1550円)

 2014年USオープンで決勝進出、世界ランクを5位にまで押し上げた錦織圭。『頂点への道』は、約6年の本人のブログと、彼の軌跡を追いかけ続けた秋山英宏の文章から成る。わずか5年前には世界ランク898位の並の選手。ヒジの怪我にも苦しみ、「頂点への道」は遠かった。それからジョコビッチ、フェデラーなど世界の強豪と戦う中で、精神的にも肉体的にも強くなった。小学校の卒業文集に「夢は世界チャンピオン」と書いた夢まであと一歩。

◆『浪華古本屋騒動記』堂垣園江・著(中央公論新社/税抜き1700円)

 古書店小説ブームの兆しあり。堂垣園江『浪華古本屋騒動記』は、大阪の古本屋を舞台に、古書の神秘と奥深さを物語に流し込んだ。明治創業の老舗古書店の三代目が、遊郭で見つけた大阪の古地図。そこにお宝が眠っている。古書界に生きるアラサー男子2人と、彼らが思いを寄せる女子、そこに借金まみれの40男が加わって、「お宝」探しが始まった。「俺ら古本屋は、紙の錬金術師や」のセリフのごとく、ぼろぼろの紙一枚に、夢と金と愛が宿る。

◆『小さな村のウルトラランナー』大川卓弥・著(NHK出版/税抜き1400円)

 1000万人超えといわれる日本のランナー人口。その競技中、もっとも過酷なのが「ウルトラマラソン」だ。100キロ、あるいは24時間走り続ける。重見高好は、ウルトラマラソンで世界一を目指す。しかも人口600人の過疎の村に所属し、村をPRするために。その姿はNHK「明日はどっちだ」で取り上げられ話題に。同番組のディレクター・大川卓弥が、夢を背負って走る重見の挑戦を『小さな村のウルトラランナー』で書籍化した。

◆『左遷を楽しむ』片桐幸雄・著(社会評論社/税抜き1800円)

『左遷を楽しむ』を書いた片桐幸雄は、かつて日本道路公団で総務部次長、内閣府参事官まで務めた。ところが、当時の総裁の怒りを買い、四国高松に飛ばされた。しかし著者は「仕事も部下もない」新生活を順境に変え、暮らしと出会いを楽しみ、読書に励む。「出世」を捨て、「左遷」にこだわらない。車に乗らず、散歩をし町と人を知る。そんな一年と半月の悠々たる日々が本書につづられる。連絡船の上での読書など、うらやましくなる「左遷」ライフ実践録。

◆『笑う漱石』南伸坊/編・絵(七つ森書館/税抜き1200円)

 お札に描かれるほどの文豪・夏目漱石は、俳句の達人でもあった。南伸坊編・絵『笑う漱石』は、中でも“偉人らしくない句”を取り上げて、絵をつけている。「菜(な)の花(はな)の中(なか)に糞(くそ)ひる飛脚哉(ひきやくかな)」では、周囲をうかがいつつも、しれーっとした顔で一面の菜の花畑に立つ飛脚の様子がいい。「明月(めいげつ)や無筆(むひつ)なれども酒(さけ)は呑(の)む」の後ろ姿は、実にとぼけている。「乗(の)りながら馬(うま)の糞(くそ)する野菊哉(のぎくかな)」なんて句もある。漱石のお茶目さを見いだす南の視点も、またお茶目だ。

◆『COM(こむ)傑作選』中条省平・編(ちくま文庫/上下 各税抜き1100円)

『ガロ』と並ぶ伝説のマンガ雑誌が『COM』(1967〜71年)。手塚治虫を筆頭に、石ノ森章太郎、永島慎二、岡田史子などが数々の名作、実験作を発表し、マンガ表現の質と枠を押し広げた。中条省平編『COM(こむ)傑作選』は、上下2巻で、その試みと成果を総覧する。マンガの他に、手塚の「虫通信」、評論、エッセー、座談会、投稿作評なども収録。青柳裕介、諸星大二郎、長谷川法世なども、本誌の投稿欄から巣立っていったのだ。

◆『真夜中のヒットスタジオ』清水浩司・著(小学館文庫/税抜き610円)

 清水浩司『真夜中のヒットスタジオ』は、1980年代後半から90年代に、若者を夢中にさせた名曲を、小説仕立てで紹介する。渡辺美里の「大きな目をさらに大きく見開いて、滑舌よく歌われた『My Revolution』」は、「僕たち世代の『三百六十五歩のマーチ』だった」には妙に納得。ほか、小沢健二「ぼくらが旅に出る理由」、aiko「カブトムシ」など、切ない思い出が印象的なフレーズと交差する。巻末に秦基博との対談あり。

◆『金沢殺人事件』内田康夫・著(祥伝社文庫/税抜き620円)

 当然ながら、浅見光彦も金沢へ出かけていた。内田康夫『金沢殺人事件』は、新幹線開通で沸く以前の、歴史と文化の城下町に隠れた、推理の鍵探しに名探偵が挑む。都内の神社で殺された商社マンが遺(のこ)した謎の言葉。その場を直後に離れた女子大生が、金沢で謎の転落死を遂げた。殺人事件現場近くに居合わせた浅見は、二つの事件のつながりを金沢に見いだす。紬(つむぎ)の里、能登の女花火師、朱鷺(とき)のいた国、そして巫女(みこ)の証言。女づくしの旅情ミステリー。

◆『アホウドリを追った日本人』平岡昭利・著(岩波新書/税抜き780円)

 太平洋に浮かぶ絶海の孤島に、明治から大正にかけて、日本人が危険を冒してまで進出した。その答えはアホウドリ。その羽毛が当時、欧州諸国で高値で取引されていた。平岡昭利『アホウドリを追った日本人』は、一攫(かく)千金を夢見て、命を懸けて大海へ漕ぎ出した男たちの姿を描く。巨万の富を築いた彼らの欲望は、やがて南洋進出をもくろむ海軍や資本家をも巻き込み、「帝国」日本の侵略・拡大へと結びついていく。知られざる日本近代裏面史。

◆『江田島海軍兵学校』徳川宗英・著(角川新書/税抜き800円)

 徳川宗英『江田島海軍兵学校』の帯に「かつて若者たちが東大以上に憧れた学校」とある。広島湾に浮かぶ江田島に、かつて将校を養成する全寮制のエリート校があった。著者は太平洋戦争末期に同校へ入学。最後の将校生徒となった。そこで植え付けられた理念と精神を本書で説く。「士官である前に紳士たれ」と教え、ジェントルマン教育が成され、「世界最高の教育機関」と目された。戦後のリーダーを数多く輩出した兵学校の真実がいま語られる。

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おかざき・たけし 1957年生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。近著『上京する文學』ほか『読書の腕前』など著書多数

※3カ月以内に発行された新刊本を扱っています

<サンデー毎日 2015年5月10-17日GW合併号より>

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