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制定過程をたどる

1(その2止) GHQ案、日本に土壌

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 GHQ案は1946年2月19日の閣議で報告された。松本烝治(じょうじ)国務相は「極めて重大な事件が起こった」と発言し、閣僚から「受諾できない」と不満が相次いだ。幣原(しではら)喜重郎首相はマッカーサー連合国軍最高司令官と会談して妥協の余地を探ったが、GHQ側の意思は固く、受け入れやむなしとの判断に傾いた。

     政府は3月6日、GHQ案を下敷きにした「憲法改正草案要綱」を発表した。幣原は同月20日、要綱を天皇の諮問機関の枢密院に説明した際、「第9(条)はどこの憲法にも類例はないと思う。戦争放棄は正義に基づく正しい道で、日本はこの大旗を掲げて国際社会の原野をとぼとぼ歩いてゆく。付き従う国のあるなしにかかわらず、あえてこれを行う」と述べている。

     「マッカーサー回想記」によると、これに先立つ1月24日、マッカーサーを訪ねた幣原は戦争放棄を自ら提案したとされる。だとすれば、マッカーサー3原則より先に、日本の政府首脳が戦争放棄を考えていたことになるが、これを明確に裏付ける資料は見つかっていない。ただ、当時、法制局長官だった入江俊郎は、後に複数の雑誌への寄稿で「こんなつきつめた言葉は決して一時の思いつきで出るものではない」と書いている。

     戦争放棄がマッカーサーと幣原、どちらの発案だったのかは確定していないが、敗戦後の日本国民から熱烈に支持されたのは間違いない。4月17日に憲法改正草案が発表された後、毎日新聞が行った世論調査では、戦争放棄条項を「必要あり」とする回答が70%に上った。

     「帝国憲法改正案」は6月20日、第90回帝国議会に提出された。芦田均を委員長とする衆院の特別委員会で審議が進み、7月27日の小委員会では社会党の鈴木義男が「ただ『戦争をしない』『軍備を皆捨てる』というのは、泣き言のような消極的な印象を与える」と主張。これを受けて芦田は9条の冒頭に「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し」と追加する案をまとめた。

     憲法制定過程に詳しい高見勝利上智大教授(憲法学)は「『軍の不存在』という現実を踏まえ、松本委では軍規定の全面削除が最も有力だった。戦争放棄に通じる議論も既に行われていたので、GHQ案に違和感はなかった」と述べ、戦争放棄を受け入れる土壌は日本側にもあったと指摘する。

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