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制定過程をたどる

3 日本、積極的に修正 口語化、生存権、義務教育拡大…

帝国憲法改正案が提出された第90回帝国議会の衆院本会議で演説する吉田茂首相=1946年6月

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 政府が憲法改正草案要綱の成文化を進めていた1946年3月26日、国語の平易化を目指す「国民の国語運動」の代表者6人が首相官邸を訪れ、入江俊郎法制局長官に幣原喜重郎首相あての建議書を手渡した。改正案をひらがなの口語体にしてはどうかという提案だった。

     大日本帝国憲法をはじめ当時の法令はすべてカタカナの文語体。しかし、保守的な気風が強い法制局にあって、もともと法令用語の見直しに関心を持っていた入江は、建議に名を連ねた作家の山本有三に1〜9条の口語化を極秘に依頼した。山本は「路傍の石」などの作品で知られ、戦後は参院議員も務めた人物。入江の根回しに、憲法改正作業を担う松本烝治(じょうじ)国務相も「翻訳調の法文が、口語体にすれば少しは日本文らしくなる」と同意した。

     前文に関しては、政府は2月13日に示された連合国軍総司令部(GHQ)案をそのまま取り入れた。外務省が翻訳し、憲法改正草案要綱発表当日の3月6日も閣議で文言が練られた。

     現行憲法には「日本語としておかしい」という批判がある。しかし、民主的な内容にふさわしい条文にしようという試みは当時画期的で、4月17日に発表された憲法改正草案は国民に新鮮に映った。

     天皇の諮問機関である枢密院の審議を経て完成した政府の「帝国憲法改正案」が6月20日、第90回帝国議会に提出されると、各会派による活発な議論が始まった。衆院の特別委員会(芦田均委員長)は7月25日から約1カ月間、小委員会で修正協議を実施。GHQ案にも政府の改正案にもなかった生存権(25条)はそこで生まれた。

     発案者は、ドイツでワイマール憲法に触発され、戦後、民間有識者による「憲法研究会」にも加わった社会党の森戸辰男。45年末に公表した憲法研究会案は生存権を盛り込んでおり、森戸は小委員会で「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利は敗戦後の日本にこそ必要だ」と訴えた。

     義務教育期間を延長する修正も行われた。政府の改正案は無償の対象を初等教育に限っていたが、尋常小学校卒業後に勤労青少年が進む「青年学校」の教員らが拡大運動を展開。「全国の教育者は修正を熱望している。軍備なき日本は教育によって(国を)再建設しなければならない」という教員出身の大島多蔵(新政会)らの主張が通り、条文は「初等教育を受けさせる義務」から「普通教育を受けさせる義務」へと改まった。

     一方、極東委員会やGHQの意向で修正された部分もある。象徴天皇制について、政府の改正案は「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、日本国民の至高の総意に基く」となっていたが、GHQは「主権の所在が不明確」と修正を再三要請し、「主権の存する日本国民の総意に基く」で決着した。

     小委員会は、戦力の不保持を定めた9条2項に「前項の目的を達するため」との文言を追加した。これに対し、侵略目的ではない軍事力を持つ意図が日本にあるのではないかと警戒したソ連などが、歯止め策として、首相と閣僚は文民でなければならないという「文民条項」(66条)を要求し、貴族院で修正が成立した。このとき「シビリアン」の和訳に苦労し、「文人」「常人」など複数案から、当時あまりなじみのなかった「文民」が選ばれたと金森徳次郎憲法担当相は後に回顧している。

     GHQが46年2月に短期間で仕上げた案は、そのまま今の憲法になったわけではない。=つづく

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