SUNDAY LIBRARY

岡崎 武志・評『おべんとうの時間(3)』『神様が降りてくる』ほか

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食べることは、生きること

◆『おべんとうの時間(3)』阿部了・写真、阿部直美・文(木楽舎/税抜き1400円)

 待ってました! 「おべんとう」ブームの火付け役、写真・阿部了(さとる)と文・阿部直美による『おべんとうの時間(3)』が出た。他人のおべんとうを覗(のぞ)かせてもらうため、東奔西走。そこに数限りないドラマが紡ぎ出される。

 登場する人物は、林業、漆掻(か)き・塗師、フラガール、船頭など。本書は同時に日本の職業事典ともなっている。さあ、彼・彼女たちが昼に広げるおべんとうは?

 ズボンの色が汗で変わるという氷の配達人は、「おにぎりは夏の強い味方」と言う。一面のネギ畑に立つ深谷のお母さんは、「お金以外はそこらに何でもある」と野菜中心のおべんとう。福岡の歯科医は、母仕込みの料理の腕で自分で作る。「食べることを中心に生きてる感じですね」

 おべんとうの数だけ人生が、食べた数だけ生きる張り合いがあるからか。みんないい顔をしている。それらを逃さず写真と文で記録してきた夫婦コンビに拍手を送りたい。そしておべんとうにも拍手だ。日本はまだまだ大丈夫。

◆『神様が降りてくる』白川道・著(新潮社/税抜き2100円)

 長編『神様が降りてくる』は、今年4月に急逝した白川道(とおる)の遺作となった。50代の作家・榊の目の前に、ファンだという美女・里奈が現れた。彼女は「神様を信じますか?」と切り出し、20年前、榊が獄中で知り合った米兵の娘だという。驚愕(きようがく)の出会いから、接近する2人。そして、米軍物資横流しと銃撃戦、裏切りと殺人がからむ過去が次第に明らかとなる。収監された体験など、著者自身を投影しつつ、大人のロマンが展開していく。

◆『東京スタジアムがあった』澤宮優・著(河出書房新社/税抜き1600円)

 1962年のこと。東京の下町、荒川区南千住に野球場が誕生した。それは、大毎オリオンズのオーナー・永田雅一の悲願であった。澤宮優『東京スタジアムがあった』は、私財をなげうって球場を造り、愛した男の物語。グラウンド下にはボウリング場、各種娯楽施設を併設するデラックスな球場が「東京スタジアム」だ。ミサイル打線、世紀のトレード、鳴り響く永田ラッパ……。著者は、数々の証言をもとに、光り輝いた夢をもう一度見させてくれる。

◆『九州大学生体解剖事件』熊野以素・著(岩波書店/税抜き1900円)

 1945年春、九州帝国大学(現九州大学)医学部内における生体解剖実験により、アメリカ軍捕虜8人が殺された。戦後、GHQの追及により首謀者とされた助教授・鳥巣は死刑判決を受ける。鳥巣の姪(めい)にあたる熊野以素(いそ)が、歴史の闇に封印された真実を問うたのが『九州大学生体解剖事件』。苦悩する伯父、軍事法廷に渦巻く陰謀、医師の倫理と戦争犯罪など、今では検証困難な過去を、膨大な資料を駆使し、本書は次々と明らかにしていく。

◆『口笛を吹きながら本を売る』石橋毅史・著(晶文社/税抜き1600円)

 石橋毅史『口笛を吹きながら本を売る』は、東京・神保町にある岩波ブックセンター代表・柴田信を、三年にわたり取材して生まれた。今年85歳で現役、という書店人生は、中学教師、トラック運転手を経て始まった。著者の見るところ、柴田は「平凡であることに自信をもっている」人物。芳林堂勤務時代、仲間が朝礼で「口笛を吹きながら本を売ろう」と言った。そこに隠された意味とは? 本の街・神保町で「情報と人脈の交差点」となる人物から聞き出す。

◆『吉原まんだら』清泉亮・著(徳間書店/税抜き1800円)

 吉原の“生き字引”と呼ばれる女帝・おきち93歳。清泉亮は、おきちの人生と吉原という町の趨勢(すうせい)を重ね合わせて『吉原まんだら』を著した。昭和26年、夫が借金の形に吉原の一軒家を手に入れたのを機に「男と女が絡むありとあらゆること」を生業(なりわい)としてきたおきち。「この商売はよ、人殺しを使えるようじゃなきゃやってらんねーんだよ」が口癖で、人さばきが絶妙。3歳で生家を出され、体を張り、命をかけて商売をしてきた人の言葉の重さを実感する。

◆『母の遺産−新聞小説』水村美苗・著(中公文庫/上下 税抜き各700円)

 水村美苗の大佛(おさらぎ)次郎賞受賞作『母の遺産−新聞小説』が文庫に。老いた母親が家を売ってホームに入居。その娘が、金持ちに嫁いだ姉・奈津紀と、大学教授を夫に持つ翻訳業の妹・美津紀。進行する介護生活の現在と、一家の過去が美津紀の視点で浮き彫りにされていく。夫・哲夫に若い女の影、忍び寄るわが更年期、年金を含む老後資金の煩雑な計算と、著者自身の体験が色濃く重なる点も読みどころ。母を見送った後、果たして主人公はいかに決断するか?

◆『鎮魂』小杉健治・著(集英社文庫/税抜き600円)

 小杉健治『鎮魂』は、書き下ろし文庫。若き弁護士、鶴見京介を主人公とするシリーズの新作だ。森塚という32歳の男性が、アパートの隣人を刺殺、現行犯逮捕されるが正当防衛を主張。供述は二転三転し、しかも森塚には刃物で恋人を脅す前科があった。何もかも不利な中、鶴見が弁護を担当。事件は、被害者が阪神・淡路、東日本と二つの大震災を経験していたことから、20年前へと遡(さかのぼ)る。大震災で人生を変えられた者たちを、祈りを込めて描く。

◆『テレサ・テンが見た夢』平野久美子・著(ちくま文庫/税抜き1000円)

 平野久美子『テレサ・テンが見た夢』は、単行本を大幅に加筆、改稿した決定版。没後20年を経て、依然人気が衰えぬ台湾出身の歌手がテレサ・テン。「トウ麗君」の名で「アジアの歌姫」といわれた。生い立ちから絶頂期、歌手活動の休止や政治活動の見えた晩年の謎。彼女の人生を追った評伝は単行本化の約20年前にも話題になったが、著者はさらに取材を重ね、激動するアジアの中で、各国の人々がいかにテレサ・テンを受容したかを描き加える。

◆『古田式・ワンランク上のプロ野球観戦術』古田敦也・著(朝日新書/税抜き720円)

 球界一の「頭脳派」を謳(うた)われた古田敦也が、長年の体験を通して書くのが『古田式・ワンランク上のプロ野球観戦術』。投打守、そして監督の采配など、分野別にひと味違う「観戦術」を展開している。田中将大(まさひろ)の「一流」は、バント処理に表れる。オーバーハンドスローながら、ダルビッシュ有は、肘を長く使って独特のカーブを投げる。イチローはなぜ、芯をはずしてもヒットにできるのか? すべて具体的で、なるほど野球がおもしろくなる。

◆『国境のない生き方』ヤマザキマリ・著(小学館新書/税抜き740円)

 『テルマエ・ロマエ』の作者、ヤマザキマリの豊富な海外体験は、14歳での欧州一人旅から始まった。17歳でイタリア留学。以後、訪れた国は数知れず。『国境のない生き方』では、地球のあちこちを旅した経験と、本と人との出会いから作られた自分について語る。1960年代の青春の作家は三島由紀夫。イタリアで暗記するほど読んだガルシア=マルケス。そして、つげ義春の描く不条理にハマった。人気漫画家による異色の読書論ともいえる。

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おかざき・たけし:1957年生まれ。高校教師、雑誌編集者を経てライターに。書評を中心に執筆。近著『上京する文學』をはじめ『読書の腕前』など著書多数

※3カ月以内に発行された新刊本を扱っています

<サンデー毎日 2015年5月24日号より>

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